エラベノベル堂

動物園の観察会

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8章 / 全10

午後の陽射しが強まるころ、動物たちの人間行動研究は、もはや遊びの域を離れていた。ライオンは岩の上であごを乗せ、来園者が立ち止まるたびに目を細めた。あの若者は三歩進んでは振り返る。きっと何か重大な兆しを探しているのだ。フラミンゴたちは水面に映る人間の影を見比べ、片足立ちのまま首をかしげた。あれは考えごとの姿勢に違いない。カメは木陰で静かに瞬きをしながら、いや、あれは迷いと期待の両方だ、と結論づけた。 そのころ園路では、飼育員たちが案内板の差し替えや給水の確認に走り回っていた。今日は休日で混み合うから、動線を整えなければならない。彼らのやり取りは短く、的確で、動物たちには妙に神秘的に見えた。ライオンは低いうなり声を漏らし、それを研究成果を共有する合図だと受け取った。フラミンゴはバケツを持って急ぐ姿を、群れのための献身的な舞と見なした。カメは、互いに目だけで通じ合う飼育員たちを見て、言葉より先に気持ちが届くのだと感心した。 誤解はそこで終わらなかった。ライオン舎の前で子どもが大あくびをまねると、雄ライオンはそれを挑発ではなく挨拶だと思い、胸を張って同じように大きく口を開けた。子どもは悲鳴のような歓声を上げ、父親は笑いながら肩を抱く。フラミンゴの前では、記念写真を撮ろうと並んだ若い二人が同じ角度で首を寄せたため、フラミンゴたちも対抗するように一斉に姿勢をそろえた。画面に映った奇妙に整った一列を見て、周囲の人間は吹き出した。カメの前に集まった学生たちは、あまりに動かない姿に息を潜めていたが、それを敬意のしるしだと誤解したカメは、さらにじっとしてみせた。すると静けさは増し、ついにはベビーカーの赤ん坊まで眠りに落ちた。 園内の空気は、そうして少しずつ変わっていった。動物たちは人間の行動を研究しているつもりでいたが、人間たちは人間たちで、動物の仕草に心をほどかれていた。見慣れないあくびに笑い、そろった首の動きに驚き、動かないカメの前では自然と声をひそめる。誰かがこちらを見てくれている。それだけで、妙にうれしい。そんな表情が、人間のほうにも広がっていた。 夕方の広場で、飼育員がその日の見どころを短く紹介したとき、客席からはやわらかな笑いが起こった。今日はライオンがよく来園者を見ていましたね。フラミンゴたちはまるで応援しているみたいでした。カメはずいぶん落ち着いていて、こちらまで静かになるようでした。紹介されるたび、動物たちは耳をそばだてた。自分たちの仕草が、見世物としてではなく、愛着をこめて語られている。 そのとき、メモ帳を抱えた学生が小さく手を挙げた。私、最初は動物を観察していたつもりでした。でも、今日は見られるってこんなに安心するものなんだって、初めて知りました。その言葉に、客席のあちこちでうなずきが起こる。ライオンは目を細め、フラミンゴは翼をふるわせ、カメはゆっくりと首を伸ばした。 人間を見ていたはずが、人間もこちらを見ていた。しかも、怖がるためでも、ただ面白がるためでもない。互いの違いを面白がりながら、少しずつ理解しようとしていた。ライオンは満足げにあくびをし、その大きな口元を見た子どもがまた笑った。フラミンゴが片足で静かに立つと、母親が思わず写真を撮る。カメが首をのばすと、学生が小さく手を振った。 閉園の放送が流れ、来園者たちは名残惜しそうに出口へ向かう。けれど最後尾の子どもは何度も振り返り、柵の向こうへ手を振った。カメもまた、ほんの少しだけ首を動かした。外と内の視線が重なるたび、園内は少しだけやさしくなる。動物園は、違う存在を遠ざける場所ではなく、違うまま目を合わせて笑える場所なのだと、誰もが帰り道で思っていた。夕焼けは柵の金具を赤く染め、動物たちはそれぞれの寝床へ向かい、人間たちはその余韻を胸に抱いて家路についた。

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