蛍光灯の白い光の下で、組立室は夜の底に沈んでいた。機械の低いうなりと、工具が触れ合う澄んだ音だけが、工程表の赤い線を追い越すように響いている。奈津美が最後の部品を手渡すたび、サル太はそれを受け取り、迷いなく所定の場所へ運んだ。さっきまで誰かの肩に乗っていた小さな体が、今は作業台の下や棚の隙間をすり抜け、必要なものを次々と見つけ出している。 「こっち、締め終わった」 職人の声が飛ぶ。すると別の場所から、奈津美が 「じゃあ次」 と返す。健一は図面をにらみながらも、口数はいつもより少なかった。誰もが同じ流れの中で動いている。サル太は人の合図を待つというより、空気の詰まりを見つけると先にそこへ入り込み、足りない部品を差し出した。締め具を落とした職人の前に、いつの間にか予備が置かれている。視線を向ければ、茶色い背中がもう次の棚に消えている。 「まるで、最後のひと押しを知ってるみたいだな」 誰かが漏らすと、健一が短く息を吐いた。 「知ってるんじゃない。覚えたんだろう」 その声には、苛立ちではなく、妙な敬意が混じっていた。奈津美は黙って頷く。サル太は工場の仕事を見てきた。真似て、失敗して、また覚えた。その積み重ねが、今の手際に変わっている。 やがて最後のねじが締まり、組み上がった製品が台の上で静かに姿を整えた。誰もすぐには声を出さない。確認の目が一斉に走り、奈津美が検品札を裏返す。その瞬間、工場のあちこちから、深い息がひとつずつ漏れた。 「間に合った」 その言葉は、歓声というより安堵に近かった。健一が肩を落とし、掌で額を押さえる。奈津美は思わず笑い、サル太を見た。彼は完成した製品のそばで、ひとつだけ小さく首を傾げている。もう役目は終わったのだと、なんとなくわかっている顔だった。 納品を見送る朝焼けの前、サル太は工場の端でしばらく立ち止まった。奈津美が呼ぶと、一度だけ振り返る。けれど次の瞬間には、山のほうへ続く細い斜面へ、軽い身のこなしで消えていった。引き止める言葉は誰も持たなかった。 そして翌朝、正門の前に、小さな飾りが残されていた。木の実と小枝を束ねた、少し不格好で、けれど丁寧なかたち。奈津美はそれをそっと拾い上げ、健一と顔を見合わせた。 「やられたな」 健一がそう言うと、奈津美は吹き出した。 「ほんと、最後まで騒がしい」 二人は肩を揺らして笑った。工場に迷い込み、仕事を覚え、恩を返して山へ帰った一匹のサル。その顛末は、いつしか町工場の伝説になり、誰もが忙しい合間に思い出しては、あの騒がしい恩返しを語り継ぐのだった。
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町工場に迷い込んだニホンザルが、恩返しをするコメディ
