エラベノベル堂

魔王城厨房、和解は湯気の向こう

全年齢

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1章 / 全10

喉の奥に、焦げた鉄のような味が残っていた。 重たいまぶたを押し上げると、そこは知らない厨房だった。天井は高く、梁には乾いた香草の束が吊られ、煮込み鍋ほどの大鍋がいくつも黒い口を開けている。壁際には包丁や木べらが整然と並び、床は石敷きで、冷えた空気が足元から這い上がってきた。私は自分の手を見て、それが見慣れたものではないと一瞬で悟った。細く、白く、指先には薄い水かきのような膜まである。鏡もないのに、別の身体へ押し込まれたことだけははっきりわかった。 息をのんだ拍子に、奥の暗がりから気配が集まった。視線だ。ひとつではない。炉の火が落ちた厨房へ、じっとこちらを見守る何者かたちの気配が滲んでいる。私は反射的に振り向き、そこに並ぶ影の輪郭を見て、さらに喉を詰まらせた。角のある頭、長い腕、低くうねるような体つき。人ではない。魔族だ。 今、自分は彼らの前で何をしている? いや、そもそも何者としてここにいる? 考えが追いつく前に、胃の奥がひりついた。彼らの沈黙は待っているというより、空腹を耐えている沈黙だった。目線は厨房の中央、火の入っていないかまどへ、そして私へ何度も往復する。 配膳を待っている。 その理解が落ちた瞬間、体が勝手に動いた。私はかまどへ駆け寄り、火口に残っていた炭をかき集める。燧石のような道具で必死に火花を散らし、息を吹きかけると、赤い点がようやく命を得た。ぱち、と小さな音がして、鍋の底を温め始める。その音だけで、背後の気配がわずかに揺れたのがわかった。 棚をあさると、あるのは粗末な食材ばかりだった。しなびた根菜、半ば乾いた葉物、硬そうな豆、塩、そして香りの弱い干し肉らしきもの。贅沢とはほど遠い。けれど選ぶ余地もない。私は水を張った鍋に根菜を刻んで落とし、豆を少し砕いてから加え、葉物は火が通りすぎないうちに最後に入れることにした。干し肉は細く裂いて、旨味だけを鍋へ逃がすようにする。味見をすると、舌がやや鈍くなっている気がしたが、構っていられなかった。 鍋の中で、ばらばらだったものが少しずつまとまっていく。湯気が立ちのぼるたび、厨房の冷気が薄まった。塩をひとつまみ、もうひとつまみ。香りを確かめながら火加減を整える。料理に詳しいわけでもないのに、身体のどこかが手順を覚えているようだった。前の世界で繰り返してきた朝の台所の動きが、今だけは頼れる記憶になる。 やがて鍋の縁が静かに揺れ、薄い灰色のスープが完成した。私は大皿ではなく、手近な椀に次々とよそい、震える手で差し出した。最初の一杯を受け取った魔族が、訝しげに鼻先を寄せる。次の瞬間、低い唸りのような息が漏れ、椀を持つ手が少しだけ上がった。飲んだのだ。 その仕草が合図になったように、厨房の影が一斉に動いた。私は次々と椀を満たし続ける。空腹をしのげるだけでいい。豪勢でなくていい。ただ温かく、喉を通るものを。湯気の向こうで、魔族たちの目つきがほんのわずかに和らいでいくのが見えた。 私は鍋の底をかき混ぜながら、ようやく自分がここで生き延びる最初の手段を掴んだ気がした。

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