エラベノベル堂

魔王城厨房、和解は湯気の向こう

全年齢

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8章 / 全10

揺れは、喉の奥に落ちる前の息みたいに、不意に広間から熱を奪った。卓の上の皿がかすかに跳ね、空気がひび割れる。さっきまで料理を囲んでいた視線が、一斉に地下へ向いた。私は皿を握りしめたまま、胸の内で何度も言葉を探した。だが、そこで立ち尽くしていては、香りも熱も、今度こそ歪みに飲まれる。 「宴を、止めます」 自分でも驚くほどはっきりした声が出た。人間側の使者が目を見開き、魔族の代表が身じろぎする。せっかくつながりかけた場を切るのは怖かった。それでも、鍋の火が燃えすぎれば料理が焦げるように、今の熱は封印を煽っている。 私は続ける。 「ここで食べるのは、いったんやめてください。熱と香りが、この下の歪みを広げています」 ざわめきが起きかけた瞬間、魔王が立ち上がった。椅子が石床を擦る乾いた音が、場の空気を切る。彼は卓の向こう、人間側と魔族側の両方を見渡し、それから私の隣へ来た。 「責は私にある」 低い声だった。逃げないと告げるような、短い言葉だった。 「宴を開いたのも、城をここまで保ってきたのも私だ。見誤ったのなら、止めるべきは私自身だろう」 誰も返さなかった。反論より先に、皆がその重さを測っているようだった。私は魔王を見上げ、頷く。 「一緒に来てください。私だけじゃ、下までは持ちません」 魔王は一度だけ目を閉じた。次に開いたとき、その瞳は静かだった。決めた者の静けさだ。 広間のざわめきを背に、私たちは人の輪を抜ける。石の廊下へ出ると、昼過ぎの明るさはすぐに遠のき、城の奥へ行くほど空気は冷えた。階段を下りるたび、宴の匂いは薄れ、代わりに湿った石と古い魔力の気配が濃くなる。壁際の燭台の火は小さく揺れ、そのたび影が伸び縮みした。 地下通路は、礼拝堂跡よりさらに奥まで続いていた。魔王は前を歩き、私は少し遅れてついていく。足元の封印の筋は、ただの装飾ではなかった。壁、床、天井の目に見えない継ぎ目にまで、同じ流れが染みこんでいる。城そのものがひとつの器のようで、その中心に、世界の不穏が溜まっている。そんな感覚が、進むほどに強くなる。 「……ここまで来ると、はっきりします」 私は小声で言った。 「この城が、ただの建物じゃない」 魔王は歩を止めないまま、低く答える。 「知っている。いや、知っていたつもりだった」 通路の先で、空気がわずかに脈打った。冷たいはずなのに、頬の内側が熱を感じる。目の前の闇の向こうに、何か大きなものが沈んでいる。城が世界の不穏の中心であることは、もう疑えなかった。私は息をのみ、鍋の火とは違う重さを胸に受け止める。

8章 / 全10

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