エラベノベル堂

夕映えの図書室、手をつなぐまで

全年齢

小説ID: cmnehanr2000001nalsutksi4

2章 / 全10

放課後の空気は、昼間の喧騒を少しだけ薄めていた。昇降口を出た凛奈は、まだ熱の残る制服の袖を指でつまみながら、正門へ向かう。すると隣から、軽い足取りが並んだ。 「一緒に帰っていい?」 愛梨はそう言って、当然のように歩幅を合わせてくる。凛奈は驚きながらも、うなずいた。ひとりで歩くと、どうしても早足になってしまう。けれど愛梨が少し遅れてくれるだけで、足元の石畳まで落ち着いて見える気がした。 校門の外では、並ぶ桜の木が夕方の風に枝を揺らしていた。花はもう見頃を過ぎかけているのに、淡い色の名残がまだ道に続いている。二人はその下を、言葉を探しながらゆっくり進む。最初に口を開いたのは愛梨だった。 「凛奈ちゃんって、音楽は何を聴くの?」 「えっと、静かな曲が多いかな。歌詞を追うのが、少し苦手で」 自分の好みを話すのは、いつもなら少し怖い。変だと思われるかもしれないと考えてしまうからだ。だが愛梨は、そんな気配を笑い飛ばすようにうなずいた。 「わかる。私も、気分で全然変わるけど、落ち着く曲が好き」 その返事に、凛奈の胸の奥がふっと軽くなる。話題は次第に家のことへ移った。愛梨は兄弟が多くて家の中がいつも賑やかだと言い、凛奈は夕食の時間が静かすぎてテレビの音だけが響く家のことを少しだけ話した。比べるようなことではないのに、互いの暮らしの輪郭が、短い会話のたびに少しずつ見えてくる。 「一人の時間が長いと、考えすぎちゃうよね」 愛梨のその一言が、妙にまっすぐ胸に入った。凛奈は曖昧に笑うしかなかったが、否定はしなかった。いつも急ぎすぎていた自分の歩き方を、今だけは誰かがそっと整えてくれている。その感覚が、思った以上に救いだった。 角を曲がると、夕焼けが住宅の屋根の端に沈みはじめていた。通学路はまだ同じはずなのに、愛梨と並んでいるだけで、いつもの道が少し違って見える。凛奈は、隣を歩く横顔を盗み見た。話しかけるたびに表情がやわらかくなる。そのたびに、自分も同じようにほどけていく。 別れ道が近づくころ、凛奈は急に、この時間が終わってしまうのが惜しくなった。 「……また、明日も話せるかな」 声にした瞬間、少しだけ耳が熱くなる。愛梨は驚いたように目を丸くして、それから嬉しそうに笑った。 「もちろん。明日も、その次も」 その笑顔を見て、凛奈はようやく安心した。帰り道の短い会話だけで、距離は確かに縮まっている。桜の木の下で立ち止まったまま、二人はしばらく互いの顔を見ていた。言葉にしなくても、また会えると思えることがこんなに心強いなんて知らなかった。夕暮れの風がそっと頬を撫で、凛奈は小さく息を吐いた。明日、もっと話したい。そう思える相手がいることが、まだ信じられないほど嬉しかった。

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