昼のざわめきが少し和らいだころ、凛奈は中庭のベンチに座って、購買部で買った袋を膝の上に置いた。初夏の日差しは強すぎず、葉の影がゆらゆらと地面を揺らしている。隣では愛梨が紙袋を開き、パンの端をちぎって差し出した。 「半分こしよ。こっち、チーズ入ってる」 「いいの」 「もちろん。ひとりで食べるより、おいしいでしょ」 その言い方が自然すぎて、凛奈は小さく笑った。受け取ったパンはまだ少し温かく、指先にやわらかい弾力が残っていた。ふたりで同じものを食べるだけのことなのに、ひとつの机を共有しているみたいに落ち着く。 今日はテスト前のせいか、中庭にも静けさがあった。遠くで部活の掛け声がかすかに聞こえる。その音に紛れるように、凛奈はため息まじりに言った。 「数学、ほんとに苦手で。公式を見ても、どこから手をつければいいのか分からなくなる」 愛梨はすぐに笑わず、少し考えてからうなずいた。 「じゃあ、まず問題文の意味を分けて読むといいよ。数字だけ追うと迷子になるから。あと、図にして考えると整理しやすい」 凛奈は目を瞬いた。愛梨の説明は肩の力が抜けるほどやさしいのに、ちゃんと筋が通っている。ノートの端に簡単な矢印を描いて見せると、頭の中のもつれが少しずつほどけていく気がした。 「……そんなふうに考えるんだ」 「うん。分からないのをそのままにしないのが大事かな」 その横顔を見ながら、凛奈は胸の奥に小さな尊敬が生まれるのを感じていた。愛梨はただ明るいだけではない。相手がつまずく場所を、急がせずに見つけてくれる。 「愛梨は、英語すごく得意だよね」 思わず漏れた言葉に、愛梨は少しだけ照れたように肩をすくめた。 「好きなだけだよ。単語を覚えるのも、会話っぽく考えるのも楽しいし」 「私は、文法の途中で置いていかれるのに」 「じゃあ、そこは一緒にやればいいね」 何気ない返事だったのに、凛奈の胸は静かに温かくなった。一緒にやる。その言葉が、あまりにも当然のように置かれたことが嬉しかった。友人として始まった助け合いなのに、いつの間にかただの親切よりずっと深いところで結びついている気がする。教えてもらうたびに、頼ることが怖くなくなる。頼られるたびに、もっと役に立ちたいと思う。 凛奈は残りのパンをひと口かじり、愛梨の手元に視線を落とした。そこにある何気ない仕草まで、今日は前より近く感じる。何か特別なことが起きたわけではない。それでも、特別だと気づくには十分だった。パンの甘い香りと、ページをめくる音のような風の気配の中で、ふたりは肩を並べたまま、次の問題をどう解くかを静かに話し始めていた。
夕映えの図書室、手をつなぐまで
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