「これ、見たことないな」 先導役の先輩が立ち止まり、古びた地図を指でなぞった。登山口に集まった僕ら大学登山部の一行は、背中の重みと夕方の冷えに肩をすくめながら、その紙をのぞき込む。 「どこが?」 「このへん。予定の道筋は載ってるけど、小屋の記号が一つ余計だ」 秋の山は、昼の名残をまだ木漏れ日に残していた。それでも風は頬に冷たく、木々の奥にはもう薄い影が落ちている。合宿初日の出発にしては静かすぎるほどで、誰かの靴紐を結ぶ音まで妙に大きく聞こえた。 「山小屋、二つあるってこと?」 後輩の一人が首をかしげる。すると先輩は笑って肩をすくめた。 「さあな。古い地図だから、今は使われてないのかもしれない」 僕は地図に目を近づけた。印刷のかすれた山肌の上に、見慣れない小さな記号が沈んでいる。山小屋を示すにしては少し角ばっていて、記号の横には細い手書きの線まで引かれていた。 「これ、誰が書き足したんだろ」 「部室でコピーしたときは、こんなのなかったよね」 背後で顧問が 「全員いるな」 と確認する声がした。僕らは荷物の肩紐を締め直し、互いに顔を見合わせる。まだ入山したばかりなのに、知らない印が一つあるだけで、山全体が少しだけ別の顔を見せた気がした。 「気にするなよ。とりあえず予定どおり行く」 先輩がそう言って地図を折りたたもうとした瞬間だった。僕はその動きの中で、余計な記号のそばに刻まれた小さな印影を見逃さなかった。何かを隠すみたいに、意図して残されたような、妙に整った痕。 「……ねえ、ここ」 僕が指を伸ばすと、先輩の表情がわずかに止まった。
吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける
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