先輩の指先が紙の端を押さえ、僕の視線を遮った。 「あとで見ろ。今は進む」 「でも、これ……」 「不安に食われる前に歩け。山は待ってくれない」 その言葉に押されて、僕らは再び足を動かした。けれど、さっき見た小さな痕は頭から離れなかった。靴裏が土を踏むたび、紙に残った誰かの気配まで一緒に背負っている気がした。 斜面を登るにつれ、空の色がみるみる鈍くなる。さっきまで見えていた稜線が、いつの間にか雲に削られていた。 「風、強くなってない?」 後ろから声がした瞬間、頬を打つ冷たさが一段跳ね上がる。次の瞬間、白いものがぱらりと落ちてきた。 「雨……いや、雪か?」 顧問が立ち止まり、空を見上げた。 「予定変更だ。小屋へ急ぐ」 「ここから、どれくらいですか」 「近い。だが急げ」 言い終わる前に、風が一気に吹き抜けた。身体ごと持っていかれそうなほどで、フードを引き上げても耳の奥まで音が刺さる。視界は白く濁り、道の先がすぐ消える。 「離れるなよ!」 「はい!」 僕は返事をしたつもりだったが、風にさらわれた声は自分でも頼りなく聞こえた。前を行く先輩の背中だけを見失わないようにする。足元はぬかるみ、冷たい粒が袖口から肌に染みた。 ようやく木立が切れ、山小屋の輪郭が闇の中に浮かんだときには、息が白く乱れていた。 「着いた……」 誰かがそう漏らした直後、先輩が入口の前でしゃがみ込む。 「待て。これ、何だ」 僕らが寄ると、戸口のあたりに新しい足跡がいくつも残っていた。雪混じりの地面に、つい先ほど踏まれたみたいな形がくっきりしている。しかも、その横を細い筋が引きずられるように走っていた。 「誰か、先にいた?」 「いや、そんな連絡は……」 言いかけた部員の声が、風に切られて途切れる。小屋の壁に手をついた先輩は、足跡と細い跡を交互に見比べた。 「中へ入る前に、よく見ろ。これ、ただの通り跡じゃない」 僕は喉の奥がひやりとするのを感じた。戸の向こうにあるはずの暖かさより先に、誰かの痕跡が、静かにこちらを迎えていた。
吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける
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