エラベノベル堂

吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける

全年齢

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2章 / 全10

雨は夕方になっても勢いを弱めず、窓ガラスの向こうは白い幕が張られたようだった。携帯端末は窓際でようやく一瞬だけ圏外を抜けるが、すぐに沈黙する。倉橋は天候の回復を待つしかないと告げ、全員に食料と燃料の確認を指示した。そこで最初の違和感が生まれた。小屋の棚にあるはずの予備のランタンがひとつ見当たらないのだ。管理人の置き忘れかもしれない、と他大学の青年が言ったが、蓮見は棚の埃の薄い四角い跡を見て眉を寄せた。最近までそこにあったように見えたからだ。 さらに倉橋が提出済みの登山計画書を見直そうとして、紙の一部に不自然な上書きを見つけた。宿泊予定地の欄だけ筆跡が微妙に違う。予定変更後に急いで書き足したにしては、インクの乾き具合まで妙だった。誰かが小屋に着いてから触れたのではないか。そう口にした途端、狭い空気がまたひとつ縮む。 真白は火にかけた湯の揺れを見つめながら、部員たちの視線の行き先を追った。三年の紺野は露骨に他大学の三人を警戒し、そのうちの一人、長身の女性は黙ったまま濡れた地図を乾かしている。一年生たちは声を潜め、笑い話にして流す余裕を失っていた。小屋の壁に凭れた蓮見だけが平静を装っていたが、指先で膝を一定の速さで叩いている。 夜食の準備中、今度は真白が床板の隙間に挟まった紙片を見つけた。引き抜くと、今の登山地図より古い縮尺の紙で、尾根の北側に細い破線が書き込まれていた。現行図にはない踏み跡らしい。端には鉛筆で小さく丸印が二つ。誰かが慌てて隠したものにしか見えなかった。真白がそれを卓上に広げると、部屋の温度が少し下がった気がした。 「それ、どこにあった」 蓮見の問いは短かった。真白が答える前に、紺野が鼻で笑った。 「隠し事が多すぎる。大会前にこんな山域を選んだのだって、偵察のつもりだったんじゃないのか」 向けられた先は他大学ではなく、蓮見だった。部内の空気が軋む。来月の縦走大会で、昨年うちの大学は蓮見の判断ミスで入賞を逃した、と陰で囁かれていたことを真白は知っている。本人の前で口にした者はいなかったが、紺野はその沈黙を今、あえて破った。 蓮見は表情を変えなかった。ただ、答えるまでの一拍が長かった。 「判断したのは俺だけじゃない」 「でも責任を取るのは主将だろ」 火のそばにいた二年の由良が、やめなよと低く挟んだ。由良は就職で部を離れるつもりだという噂があり、最近は練習にも身が入っていないと見られていた。すると今度は一年の一人が、由良先輩だって大会を続ける気ないのに、と口走ってしまう。言葉は小さかったのに、静かな湖へ石を落としたように波紋を広げた。 他大学の青年が居心地悪そうに視線を伏せる中、顧問の倉橋は叱る代わりに記録ノートを手に取った。 「こういう時ほど順番に話せ」 と言ったが、その声にもわずかな疲れが滲んでいた。 真白は古い地図の丸印を見ながら、胸の奥に引っかかるものを覚えていた。棚から消えたランタン、書き換えられた計画書、隠された地図。どれもただの悪戯には見えない。誰かを困らせるには手間がかかりすぎている。むしろ、見つけてほしいのに正面からは出せないものを、回りくどく置いているようだった。 外で風がうなり、小屋全体が船のようにきしんだ。真白は入口脇の記録ノートへ目をやる。最初に目にしたとき、あのそばを横切った影が誰だったのか、まだ思い出せない。けれど今は、その曖昧さ自体が何かの輪郭に見え始めていた。長い夜は、まだ半分も過ぎていなかった。

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