屋根の上を叩いていた風が、少しずつ遠のいていく。けれど静けさは安心ではなく、次の一手を促す合図みたいだった。僕らは山小屋の中で最後の確認をしていた。地図、メモ、古い宿泊記録、岩壁の文字。それらを並べ直すたび、見えてくるのはひとつの流れだった。 「まだ何かあるはずだ」 先輩がそう言ったとき、顧問が小さく目を伏せた。 「……天井裏だ」 誰も反応できなかった。顧問は続ける。 「昔の保全記録を隠すなら、あそこが一番見つかりにくい。だが、ここまで来たなら確認すべきだろう」 僕らは顔を見合わせた。副部長も、さっきまでの硬さが少しだけほどけた表情で立ち上がる。 「俺も手伝う」 梯子を寄せ、板を持ち上げると、乾いた埃がふわりと落ちた。懐中電灯の光が差し込むたび、梁の影が細く揺れる。 「……あった」 先輩が低く息を呑む。奥から引き出された紙束は、古い折り目をいくつも重ねていた。紙の端に残る筆跡を見た瞬間、顧問の肩がわずかに震えた。 「これは……父の字だ」 部屋の空気が、また別の意味で止まる。 僕はその文字を追った。遭難者のものだと思っていた線ではない。山域の地形や危険箇所、保全のための注意が、几帳面な癖そのままに書き連ねられている。 「代々……引き継がれてたのか」 後輩が呟く。 顧問は紙束を受け取ったまま、しばらく黙っていた。 「山を守るための記録だ。だが、広めればいいものでもなかった。部が不用意に踏み込めば、また同じ危険に触れる。だから私は伏せた」 「副部長だけじゃなかったんですね」 「そうだ」 短い返事だった。その声には、隠していた重さと、ようやく言葉にできた安堵が混じっていた。 副部長は苦く笑う。 「結局、俺は守り方を間違えたな」 「間違いだけじゃない」 先輩が言う。 「隠したせいで揺れた。でも、今は共有する。それでいい」 僕は深く息を吸った。責めるでも、断罪するでもなく、真相を部の記録として残す。たぶん、それが今の僕らにできる一番まっすぐな答えだった。 外では救助の気配が近づいている。だが、まだ出発の合図はない。 「帰る前に、もう一度だけ整理しよう」 顧問がそう言い、僕らは静かにうなずいた。天井裏から降りてきた紙束は、過去の秘密を暴くものではなく、誰が山を継ぐのかを問い直す重みを持っていた。誰もすぐには答えられない。ただ、その問いだけが、雪の匂いの残る小屋の中で、しばらく消えなかった。
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大学の登山部が登山中に天候悪化で山小屋に閉じこもることになり、そこで起きるミステリー
