夜明けは一気には来なかった。窓の外の白は、闇を押し返すというより、少しずつ輪郭を滲ませていくように広がっていた。小屋の中では誰も眠れず、毛布にくるまったまま、同じ沈黙を共有していた。真白はその静けさの中で、最後に一つだけ確かめたいことがあった。 「蓮見先輩」 呼びかけると、蓮見は疲れた目を上げた。 「計画書を書き換えたのは先輩。でも記録ノートに触ったのは、別ですよね」 蓮見はうなずいた。 「俺じゃない」 真白は倉橋を見た。倉橋も首を振る。野添は顔を上げ、ためらいながら言った。 「僕も、ノートの場所は知りませんでした」 そこで真白は、ようやく最後の違和感に手が届いた。記録ノートの頁の繊維は新しくささくれていたが、破ったというより、残った頁を開いて押し跡を確かめた形だった。そして入口脇で真白が最初に見た、ノートのそばを横切った影。あのとき小屋に着いてすぐ、濡れた手袋を探すふりで入口近くにいたのは一人しかいない。 「由良先輩ですね」 空気が動いた。由良はしばらく黙っていたが、やがて観念したように笑った。その笑みはいつもの気の抜けたものではなく、夜通し堪えていた人の顔だった。 「ばれたか」 紺野が身を乗り出す。 「なんであんたが」 由良は火の消えたストーブを見ながら、静かに言った。 「姉が、その下見に参加してたから」 誰も声を出せなかった。由良の姉は数年前に亡くなっていると、部内ではぼんやり知られていた。事故でも病気でもなく、詳しいことを聞く者はいなかった。 「姉は当時一年で、巻き道に入るのを最後まで反対したらしい。でも記録は消えて、あとには曖昧な後悔だけが残った。姉は誰かを責めたわけじゃなかった。ただ、あのとき止めきれなかった自分にも責任があるって、ずっと言ってた」 由良の声は淡々としていたが、その平らさがかえって長い時間を感じさせた。 「就職で部を離れる前に、倉橋先生が隠した記録のことを知った。蓮見が去年のことを引きずってるのも見てた。野添くんがこの山域を気にしてるのも分かった。だからせめて、消えた頁に本当に言葉が残ってたと示したかった。破ったんじゃない。押し跡を読もうとして、触った」 真白の中で、最後の断片がはまった。誰か一人の計画ではなかった。蓮見は倉橋に告白を促すために、野添は祖父の警告を伝えるために、由良は反対した者の存在まで埋もれさせないために動いた。隠したい過去と知らせたい真実が、三人の別々の後悔として重なり、この山行をここへ導いたのだ。 外の風が少し弱まり、北側の壁を擦る音も遠のいていた。真白は白みきった窓を見る。朝になれば、自分は全員の前でこれを話すことになる。騒動の中心にいたのは悪意ではなく、言いそびれた責任感だったと。 そのとき倉橋が、低く、しかしはっきりと言った。 「十年前、巻き道へ入るなと一番強く言ったのは、由良の姉さんだった」 由良は目を閉じた。小屋の誰ももう疑わなかった。長い夜が暴いたのは秘密ではなく、ずっと消えたと思われていた反対の声だった。
吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける
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