エラベノベル堂

吹雪の山小屋、告白は暁に溶ける

全年齢

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9章 / 全10

副部長の言葉が落ちたあと、談話室に沈黙が残った。誰もすぐには立ち上がれない。外の吹雪は、さっきより少しだけ薄くなったはずなのに、窓を震わせる音だけが妙に耳についた。 「じゃあ、次は外だな」 先輩がそう言って、地図をたたむ。声は落ち着いているのに、目だけが急いでいた。 「外って……まだ吹雪、弱いだけだぞ」 後輩が不安そうに言うと、顧問がうなずいた。 「完全に止むのを待っていたら、また迷いが増える。今のうちに確認できることを確認する」 副部長は何も言わなかった。ただ椅子に座ったまま、両手を握りしめている。その横顔は、さっき告白した人間というより、ずっと前から何かを抱えていた人の顔に見えた。 僕は無意識に地図の断片を見つめる。旧道、崩落地点、小屋裏の岩壁。線はもう頭の中で一本につながっていた。 「山小屋の裏、だったよな」 僕がつぶやくと、先輩が短くうなずいた。 「ああ。風が弱いうちに行く」 「でも、そこに何があるかはまだ……」 「だから見る」 言い切る声に、妙な熱が混じった。疑い続けるだけでは、もう足りない。そういう空気が小屋の中に広がっている。 軒先へ出ると、白い世界の輪郭が少しだけ戻っていた。さっきまで見えなかった岩壁の暗い筋が、吹雪の切れ間からぼんやり浮かぶ。僕はフードを深くかぶり直し、足元の雪を踏みしめた。 「ここか」 先輩が岩場の前で足を止める。壁面には、風化した古い文字が薄く残っていた。手でなぞれば消えてしまいそうなほどかすれているのに、そこにあるだけで妙な重みがある。 「読めるか」 顧問が息を整えながら近づく。 「……古い言い回しだな」 先輩が目を細める。 「待て。これ、ただの注意書きじゃない」 僕も身を寄せた。岩のくぼみに雪がたまり、その奥に埋もれるように古い標識の一部が見える。木片か金具か、判別しにくいほど朽ちているが、誰かがここに道の意味を残そうとした痕ははっきりしていた。 「埋もれてる……」 後輩が声をひそめる。 「掘り返された跡もある」 先輩の指が、岩肌の下の雪を払う。そこに現れた印は、食糧庫で見た合図とよく似ていた。 僕は息を止めた。偶然じゃない。あのメモも、記録も、印も、全部がここへ向かっていたのだ。 「待って……これ」 紙片を取り出した僕の手が震える。遭難者のメモに書かれていた短い一行。帰れ。旧道は使うな。山を忘れるな。 先輩がその文を読み、すぐに岩壁の文字へ視線を移した。 「違うな」 「え?」 「告発じゃない。命令でもない。仲間を先に帰らせるための指示だ」 一瞬、言葉の意味がつかめなかった。 「先に帰らせる……?」 顧問が低く息を吐く。 「自分は残るつもりだったのかもしれん。あるいは、危険な場所へ行くのは自分だけにするつもりだったのか」 僕の中で、メモの印象が反転した。追い詰めるための言葉だと思っていたのに、むしろ誰かを守るために残されたものだったのか。 「じゃあ、これまでの見え方が……」 「変わる」 先輩が短く答えた。 「山小屋に残ってた記録も、地図も、この文字も。全部、犯人探しの材料じゃない。仲間を先に下ろすための道しるべだったんだ」 吹雪が一度だけ強くなり、岩場をなでる音を立てる。だが、その冷たい音の中で、僕はようやく違うものを聞いた気がした。隠されたものを暴くための空気じゃない。残された誰かの、必死な願いだ。 僕はメモを胸元に引き寄せ、岩壁の古い文字を見上げた。 「……誰が、こんなのを」 その問いに、誰もすぐには答えなかった。けれど副部長は、さっきまでより少しだけ顔を上げていた。

9章 / 全10

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