エラベノベル堂

緞帳の向こう、翠の喝采

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10章 / 全10

「別のリズム、ね」 優希は息を吸い、視線を中庭のほうへ向けた。校舎前の闇は深いのに、窓から漏れる文化祭の灯りが、そこだけやけに明るく見える。放送から流れ始めたゆったりしたメロディは、さっきまでの騒ぎが嘘みたいに柔らかかった。 「これなら……いけるかも」 瑠菜が隣で小さくつぶやく。彰吾は人の流れを守りながら、短く頷いた。 「焦るな。拍を先に飲み込まれるなよ」 優希はメガホンを握り直した。 「飲み込まれるって、先生、言い方!」 「冗談を言えるなら大丈夫だ」 「大丈夫じゃないですよ、かなり」 だが、その軽口のあいだにも、階段の踊り場でうねっていた青や緑の波が、ゆっくりと向きを変えていく。ゆったりした旋律は、追い立てるのではなく、誘うように広がった。先頭の一体が最初に反応し、続いて後ろの群れが次々と拍を合わせる。 「動いた……!」 瑠菜の声が弾む。 「中庭のプールへ、流れてる」 優希が思わず言うと、彰吾が低く息を吐いた。 「そうだ。そのまま、無理に急かすな」 階段を下りた先、校舎前の中庭には文化祭用の大型プールが据えられていた。光を受けた水面が静かに揺れ、スライムたちはそこへ吸い寄せられるみたいに、ぽん、ぽんと軽い跳躍を重ねていく。見物していた生徒たちの間から、驚きと歓声が入り混じったざわめきが起きた。 「うわ、ほんとに行くぞ」 「追いかけないで、見送ってください!」 瑠菜が声を張ると、笑いが広がった。誰も押し合わない。誰も転ばない。放送の旋律に導かれた小さな行進は、騒然としているのに、不思議なほど穏やかだった。 やがて最後尾がプールの縁へたどり着き、ひとつ、またひとつと水面へ落ちていく。はじけるような音のあと、波紋が丸く広がった。 「……終わった、のか」 優希が呟くと、瑠菜は疲れ切った顔で、それでも笑った。 「終わったんじゃなくて、着地したんだと思う」 彰吾も珍しく肩の力を抜く。 「文化祭は少し騒がしくなったが、誰も傷つかなかった。それで十分だ」 周囲から拍手が起こる。最初は戸惑い混じりだったのに、気づけばそれがひとつの伝説を祝う音になっていた。 「スライム行進曲、すごかったな」 「来年もやれよ!」 そんな声まで飛んでくる。 優希はぽかんとしたあと、思わず笑った。 「まさか伝説化するとは……いや、悪くない」 瑠菜も吹き出す。 「むしろ、やりすぎ」 「褒めてる?」 「半分だけ」 騒ぎが少しずつ落ち着き、見物客が散っていく。彰吾が最後の確認を終え、二人に先に戻るよう目で促した。その帰り際、優希はふと踊り場へ視線を戻した。 そこに、ほんの一滴だけ残っていた。手のひらにも満たない、透明なかけらが、段差の隅で小さく震えている。 ぽん。ぽん。 まるで次の拍を数えるみたいに。 優希は目を細めた。 「……まだ踊りたいのか、お前」 瑠菜が振り返る。 「なに見てるの?」 「いや、なんでもない」 優希は笑いをこらえきれず、肩を揺らした。 「次の行進、考えとくか」 その一滴は、答えるみたいに、もう一度だけ小さく拍を刻んだ。

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タイトルは『スライム行進曲』で、ある有名な行進曲を思わせる軽快なパロディ。最後は階段でスライムの洪水が起きる展開にする。

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