階段の踊り場に出た瞬間、空気の重さが変わった。下から上がってくる足音、上から見下ろすざわめき、そのどちらもが段差にぶつかって細かく砕け、青や緑の小さな波をさらに弾ませている。 「うそだろ……」 優希は思わず息を呑んだ。さっきまで列だったはずのスライムたちが、今は洪水みたいに踊り場へあふれ、手すりの内側でせり上がるように揺れている。 「下がってください! 階段に近づかないで!」 彰吾の声が鋭く響いた。さっきまで穏やかだった担任の声が、今は人の流れを切り分けるための太い線みたいに通る。彼は片腕を広げ、見物客たちを壁際へ誘導していた。 「落ち着いて。押さない。慌てない。ここは安全距離を取れ」 「先生、こっちです!」 瑠菜もすぐに反応した。少し青ざめながらも、視線は列の動きを離さない。 「これ、もう止めるより、流れを変えたほうがいい」 「分かってる」 優希はメガホンを握りしめた。けれど、今の合図では逆に面白がられるだけだ。踊り場いっぱいに広がる波は、笑い声を拾うたびに勢いを増し、まるで階段そのものがリズムを覚えたみたいに揺れている。 「最後の手段だ」 彰吾が二人のそばまで来て、短く告げた。 「全校放送で別のリズムを流せ。今の拍を上書きできるものを、すぐに」 優希は目を見開いた。 「放送室まで行けってことですか」 「走れとは言わない。だが、遅れるな。ここで崩れるより、流れを作り直したほうがいい」 瑠菜が唇を結ぶ。 「別のリズムなら、きっと反応する。でも、どんなのがいいの」 「優しいのがいいのか、楽しいのがいいのか……」 優希は踊り場の先を見た。スライムたちは押し合うでもなく、ただ楽しそうに増えていく。止めるだけでは届かない。なら、もっと大きな拍で包むしかない。 「分かった。やる」 そう言ったとき、足元で一体だけがぴたりと跳ねを止めた。ほんの一瞬、こちらを見上げたような気がして、優希は背筋に小さな寒気を覚える。 彰吾は踊り場の端で再び人波を整えながら、低く言った。 「急げ。これは、もう次の一手で決まる」
緞帳の向こう、翠の喝采
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