エラベノベル堂

白衣の朝、月影は街を診る

全年齢

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10章 / 全10

屋上の柵にもたれたまま、綾香は朝焼けに染まり始めた街を見下ろしていた。昨夜までの騒がしさが嘘みたいに、病院の窓はどれも静かに並んでいる。あれだけ張りつめていた空気がほどけると、かえって胸の奥が落ち着かない。 「……終わった、んですよね」 自分に言い聞かせるようにつぶやくと、内側で淡い気配が返ってきた。 終わったわけじゃない。ただ、役目が変わるだけ。 「うん。わかってる」 綾香は小さく笑った。リノを消してしまう選択肢は、最初から自分の中にはなかった。昼の自分が患者を診る。夜の自分が、隠れた綻びを拾う。きれいに分けるほうが、きっと無理がない。 「朝は私が医師で、夜はあなたが解決役。そういうことにしようか」 いいわね。やっと話が早い。 思わず吹き出しそうになった瞬間、背後の扉が開いた。 「あ、やっぱりここにいた」 昭太が眠そうな顔で屋上に現れる。手には紙コップの飲み物が二つあった。 「先生、顔色は戻ってますけど、絶対寝てないですよね」 「寝てます、ちゃんと」 「嘘っぽいです」 昭太は柵まで来ると、綾香の横顔をまじまじと見た。 「結局、病院は助かったんですよね。先生がいて、夜の……ええと、いろいろあって」 言いかけて、彼は妙に真顔になる。 「つまり今後も残業みたいに夜勤が増えるんですか」 綾香は一瞬だけ固まり、それから肩を震わせた。 「えっと、まあ、その……そう、かもしれませんね」 「かもしれない、じゃないですよね」 「昭太くん、細かいことは気にしないの」 「細かいことじゃないです」 それでも綾香が笑うと、昭太もつられたように息を吐いた。朝の光が二人の間に差し込み、病院の白い壁をやわらかく照らしていく。 「じゃあ、僕も覚悟しておきます。先生が普通に働いてるようで、全然普通じゃないってことを」 「ひどい言い方」 「事実です」 綾香は紙コップを受け取って、ふっと目を細めた。これでいいのだと思う。誰にも見えない夜の働きがあるなら、朝は朝で、いつも通り患者の前に立てばいい。 「じゃあ、今日も診察、頑張りますか」 「はい。できれば夜はほどほどに」 「善処します」 即答すると、昭太は呆れたように笑った。屋上にはもう、昨夜の影はほとんど残っていない。ただ、消えたわけではない静かな温度だけが、確かにここにあった。

検閲済みプロット

夜になると別人格が起きて活動を始める。昼は皆に愛される医師、夜は秘密裏に危険な仕事を請け負う女医という設定のコメディ。

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