リナが結晶にそっと触れたまま顔を上げると、塔の最上部から澄んだ音がひとつ落ちてきた。それは鐘のようでもあり、遠い風笛のようでもあった。次の瞬間、床に浮かんでいた文字列が組み替わり、中央に新しい一文が現れる。 受け継ぐ者は、持ち去る前に誓え。 塔の空気がわずかに張りつめた。青年たちも息をのむ。誓いを求められているのだとわかったが、その先の文はすぐには続かなかった。代わりに、壁一面へ過去の景色が映し出される。空路をひらいた職人、嵐で孤立した村へ薬を運ぶ飛行機械、見知らぬ町同士が品物と手紙を交わし、少しずつ笑顔を増やしていく光景。結晶の知恵は栄光の飾りではなく、誰かの明日をつなぐ橋だった。 トオルが低く言う。 「これを独り占めしたら、たぶん塔は認めない」 「うん。持って帰るだけでも足りない」 ユノは映像の先を見つめたまま続けた。 「どう使うかまで、見られてる」 リナは胸の奥に灯った思いを、そのまま言葉にした。 「私は誓う。この知恵を自分のためだけには使わない。空を渡る人たちと、町で待つ人たちのために分かち合う」 すると結晶の内側で朝焼け色の光が深く揺れた。トオルも前へ出る。 「俺は誓う。仕組みを解くなら、誰かを置いていくためじゃなく、誰かを無事に運ぶために使う」 ユノも静かに重ねた。 「私は誓う。道を知る者として、この知恵が迷わせるためではなく、帰れる空を増やすために使う」 三人の声が塔の芯へ沈むと、最後まで黙っていた青い機体の青年が拳を握った。悔しさの色はまだ残っていたが、その奥で何かがほどけていくのが見えた。 「僕も、誓う」 仲間たちが驚いて彼を見る。青年は結晶から目をそらさずに言った。 「名を残したかった。でも、残すなら独り占めの名前じゃない。空をよくした者として覚えられるほうがいい」 その言葉が落ちた途端、塔の頂から光の筋が立ちのぼった。雲の上へひらいた光は、遠く離れた空中市場の方角へ、さらに霧の森や峡谷の先へと伸びていく。まるで塔が、ここで得られた誓いを世界へ知らせているようだった。 そして結晶は手のひらに収まる大きさへ静かに縮み、リナの前へ降りてきた。選ばれたのは所有者としてではない。託される者としてだと、その軽さが教えてくる。リナは両手で受け止め、ふと入口の外を見た。雲海の向こうに、自分たちの町へ続く空がある。 宝物の真実は、もう明らかだった。けれど転じたのは旅だけではない。競い合っていた心もまた、ここで向きを変えたのだ。リナは祖母の言葉を胸の中でそっと繰り返し、仲間たちと顔を見合わせた。帰るべき理由は、出発した日よりずっと大きく、美しくなっていた。
雲上の塔、心を灯す結晶
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