エラベノベル堂

雲上の塔、心を灯す結晶

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8章 / 全10

塔を出ると、雲の上の風は来たときより澄んでいた。けれど穏やかなだけではない。結晶を手にした瞬間から、空の流れそのものが変わり始めているのをユノがいち早く感じ取った。 「待って。帰り道、同じじゃない」 彼女が見上げた先で、雲海に幾筋もの光の道が浮かんでは消えていた。塔から放たれた光が、眠っていた古い空路を呼び覚ましているのだ。地図の断片もまた淡くほどけ、焦げた縁の内側から最後の線をにじませる。行き先は町ではなかった。いったん南へ迂回し、風の柱が立つ空域を抜けろと示している。 「どうして遠回りを」 リナがつぶやくと、トオルは機体の魔力計を見て顔を上げた。 「結晶の力が強すぎる。このまま低い空へ戻ったら、町の小型機械が魔力の波に引っぱられるかもしれない」 宝物を持ち帰るには、まず安全な帰り方を選ばなくてはならない。リナは強くうなずいた。独り占めしないと誓ったばかりなのに、急いだせいで誰かを危険にさらしたら意味がない。 青い機体の青年も前へ出た。 「僕らが先行して風を探る。今度は勝つためじゃない」 その言葉に、仲間たちも無言で頷く。さっきまで耳に刺さっていた足音が、今は不思議と頼もしく聞こえた。 二つの機体は塔を背に、新しく目覚めた空路へ滑り出した。途中、光の道は何度も形を変え、雲の壁は大きくうねった。だがユノが風の癖を読み、トオルが結晶の波長に合わせて機体の羽根を調整し、青年たちが前方の乱流を知らせるたび、道は少しずつ安定していく。競い合っていたはずの旅が、気づけばひとつの編み上げられた翼になっていた。 やがて南の空域に、白銀の柱のような上昇気流が見えた。地図が示した最後の場所だ。リナが結晶を掲げると、朝焼け色の光が柱へ吸い込まれ、荒れていた風が静かにほどけていく。その変化は遠くまで広がり、見えない空路がゆるやかに整っていくのがわかった。 「これが、隠されていた真実……」 リナは息をのんだ。宝物はただ知恵を記しただけではない。空を乱さず、人と機械と魔法を結び直す鍵でもあったのだ。塔は宝を守っていたのではなく、使う者の心を試し、この力を託してよいか見極めていた。 風の柱を越えた先に、ようやく故郷へ続く青がひらける。リナは結晶を胸に抱き、遠い町の方角を見つめた。出発の日に憧れていた宝物は、もっとまばゆく、もっと責任のあるかたちで自分たちの手に来たのだと思った。帰れば終わるのではない。ここから先、誰かの空を明るくするために、この旅の意味が本当に動き出すのだ。

8章 / 全10

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