風の柱を抜けたあとの空は、不思議なほど静かだった。ついさっきまで荒れていた流れが嘘のように整い、機体は見えない手に支えられるようになめらかに進んでいく。リナは操縦輪を握りながら、胸に抱いた結晶のぬくもりを確かめた。冷たいはずのそれは、今は小さな灯火みたいにやわらかかった。 眼下に広がる雲の切れ間から、見覚えのある空路が少しずつ姿を現す。空中市場へ通じる大きな流れ、その先に霧の森の上を渡る細い風の筋。旅のはじめには危うく、気まぐれに思えた空の道が、どこか優しく結び直されている。ユノが目を丸くした。 「風の形が変わってる。前より読みやすい」 トオルも計器板を軽く叩いて言う。 「魔力の揺れも安定してる。結晶が空路を整えたんだ」 そのとき、後方から青い機体の青年が声を飛ばした。 「見ろ、下だ!」 リナが視線を向けると、遠くの空に小さな飛行機械がいくつも現れていた。郵便を運ぶもの、荷を積んだもの、点検へ向かう職人のもの。どれも、この変化に気づいたのか、いつもより軽やかに空を進んでいる。塔からもたらされた知恵は、まだ町へ届いてもいないのに、もう空そのものを変え始めていた。 リナの胸にこみ上げたのは喜びだけではなかった。これほど大きなものを託されたのだという重みが、遅れて肩へ降りてくる。もし自分たちだけで抱え込めば、この光はすぐに濁るだろう。祖母の言葉がまた、はっきりとよみがえった。心を照らす宝物。それは持つ者を試し続けるものでもあるのだ。 「帰ったら、まずみんなに見せよう」 リナが言うと、トオルはうなずいた。 「工房の職人たちにも、術師たちにもな」 「道を知ってる人だけじゃなく、道を必要としてる人にもね」 ユノが続ける。 青い機体の青年は少しだけ苦笑して、肩をすくめた。 「僕らも手伝う。独占しないほうが、たしかにずっと面白そうだ」 その言葉に、リナはようやく力を抜いて笑った。競争の熱で始まった旅が、こんなふうに並んで帰る道へ変わるなんて、出発の日には思いもしなかった。 前方の空に、故郷の町を包む朝の光が見え始める。屋根の列、丘の上の古い家、見慣れた見張り台。けれどリナの目には、すべてが前より少し広く、少し遠くまで続いて見えた。宝物は雲の上の塔に眠っていた。けれどその本当の居場所は、これから自分たちが帰る町の暮らしの中なのだ。 機体は風に乗り、まっすぐ故郷へ向かった。リナは結晶をしっかりと抱きしめる。旅は終わりへ近づいていたが、その終わりは、次にひらく空の入口のようにも思えた。
雲上の塔、心を灯す結晶
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