エラベノベル堂

零度の街で、まだ名のない鼓動

全年齢

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2章 / 全10

真琴と次に会ったのは、その三日後だった。蓮が大学近くの小さな資料館でアルバイトの面接を受け、やはり端末の表示を見て気まずい沈黙を向けられた帰り道、入口脇のベンチに彼女が座っていた。偶然にしては出来すぎていると思ったが、真琴は少し困ったように笑って、近くで取引先との打ち合わせがあったのだと言った。 落ちましたか、と彼女はためらいなく聞いた。 たぶん そうですか 気の毒そうな響きはなかった。ただ事実を受け取り、その重さを一緒に持つような声だった。蓮はその声に押されるように、面接官が自分ではなく表示のほうへ先にうなずいていたことを話した。真琴は黙って聞き、最後に、変ですね、と言った。 何がです 人を見るためのものなのに、人を見なくなるなんて その言葉は、乾いた道に落ちた水みたいに蓮の中へ染みた。 それから二人は、たまに会うようになった。大げさな約束はしない。ただ、真琴が送ってくる短いメッセージに、蓮が気が向けば応じる。夕方の河川敷を歩き、古書店をのぞき、名前も知らない喫茶店で苦いプリンを食べた。真琴は人前では相変わらず整った数値を保っていたが、蓮といるときはときどき操作を忘れるようだった。端末の表示がわずかに波打ち、そのたび彼女は自分でも意外そうに画面を見る。 蓮はその変化を見るのが好きだった。嘘が剥がれる瞬間というより、固く閉めた窓が少しだけ開いて風が入る瞬間に近い。 この前、上司に褒められたんです ある夜、駅前の立ち食いそば屋で真琴が言った。なのに全然うれしくなくて。うれしい顔はできたのに 蓮は湯気の向こうで彼女を見た。真琴は笑っていたが、目だけが遠かった。 それ、疲れませんか すごく。でも疲れてるって数値が出ると面倒だから、そこも整えるんです 器用ですね 褒めてませんよね 少しだけ、真琴は本当に笑った。端末の表示が乱れ、社交性の欄が一瞬沈む。彼女は直さなかった。 蓮といると、静かですねと真琴は言った。退屈って意味じゃなくて。数字の音がしない感じ 蓮にはその表現がよく分かった。真琴の隣にいると、自分の0は空白ではなく、余計な字幕のない画面のように思えた。 だが、世界はその静けさを許さなかった。蓮の就職活動はさらに厳しくなり、推薦を考えていたゼミの教授にまで、例外値は扱いが難しいと言われた。真琴のほうも、会社の管理画面で感情推移が美しすぎると指摘されたらしい。人事面談で、最近は私生活も安定していますねと微笑まれ、その笑顔の薄さに彼女は帰りの電車で気分が悪くなった。 でも数値は乱れなかったんです、と後日真琴は言った。公園のブランコに座り、靴のつま先で地面をこすりながら。吐きそうだったのに、端末には平穏って出てた 蓮は返す言葉を探し、結局、変ですねと真琴の言葉を借りた。 真琴はうつむいたまま笑った。その肩は小さく震えていた。泣いているのかもしれないと思ったが、端末にはやはり理想的な数値が並んでいた。蓮は初めて、その整いきった表示に寒さを覚えた。 ねえ、と真琴が言った。もし数字がなかったら、私は今どんな顔をしてると思いますか 蓮は少し考えた。風が吹き、鎖のきしむ音がした。 たぶん、ちゃんと困ってます その答えに、真琴はようやく顔を上げた。作られた笑みではない、形の定まらない表情だった。迷っていて、情けなくて、でもどこかほっとしている顔。蓮はそれを見て、数字に映らないもの同士が、たしかにここで触れ合っているのを感じた。

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