夏休みの終わり、朝霧町では小さな発表会が開かれた。会場は図書館の二階、多目的室。科学実験クラブが集めた観測記録と、町の人々から寄せられた思い出のカードを並べた、ささやかな展示だった。由良は最初、きっと数人しか来ないと思っていた。けれど扉が開くたび、部屋は静かに満ちていった。昔の写真の前で立ち止まる人、カードを読んで微笑む人、隣の知らない誰かに、あのころ自分も、と話しかける人。奇妙な現象を説明する催しのはずなのに、そこにあったのは種明かしより、受け渡しの時間だった。 壁際では、奏太の作った小さな装置が、温度や音の揺れをやわらかく記録している。澪は来場者の言葉を丁寧に書き留め、由良は結晶の入った展示ケースをときどき見た。透明な朝の色は、今日も薄く生きている。 発表の最後に、篠崎が前へ立った。 「この町に残っていた不思議は、過去の力ではなく、残された思いの偏りでした。けれどそれは、消すべきノイズでもありません。理解し、言葉にし、誰かと分け合えるなら、それは未来へ渡せる」 教師らしい落ち着いた声だった。だが由良は、その言葉が篠崎自身にも向けられているとわかった。最後の魔法使いとして背負ってきたものに、ようやく別の名前を与えようとしているのだと。 拍手が起こった、そのときだった。 展示ケースの結晶が、ふいに強い光を放った。青ではない。透明な光が、部屋の空気へ音もなく広がる。驚きの声が上がるより先に、壁の写真やカードの文字が、わずかに揺れた。書かれていた言葉が消えるのではなく、紙から離れて、光の粒になって浮かび上がったのだ。 祖母の歌。放課後の廊下。兄の笑い声。言えなかったありがとう。数え切れない記憶のかけらが、誰のものともわからないやさしさになって、多目的室いっぱいを満たしていく。由良は息をのんだ。暴走ではない。回収でもない。町じゅうで語られ、受け止められた思い出が、装置も学校も飛び越えて、一つの現象になっている。 篠崎も目を見開いていた。知らなかったのだ。この先を。 光の中で、古い白衣の教師の姿は現れなかった。代わりに、会場にいる全員の影が床に淡く重なり、ひとつの大きな螺旋を描いた。過去の誰かではなく、いまここにいる人たち自身が、新しい器になっていた。 澪が小さく言う。 「もう、学校のものじゃない」 奏太が笑う。 「部活でもないな、これ」 由良は胸の奥が熱くなるのを感じながら、篠崎を見た。彼はしばらく黙っていたが、やがて観念したように、でも晴れやかに笑った。 「案内人も、もう一人では足りませんね」 その瞬間、結晶の中央に細いひびが入り、ぱきりと割れた。誰も悲鳴を上げなかった。砕けた欠片はただの石のように机へ散り、光だけが人々のあいだへ残ったからだ。最後の依り代が壊れたのに、不思議は消えなかった。むしろそこで初めて、完全に人のものになった。 夏の終わりの窓から風が入り、カードを揺らす。もう魔法はどこにもない。けれど世界の不思議は、理科準備室の奥でも、古い手帳の中でもなく、語り合う声と、確かめようとするまなざしの中に息づいていた。由良は新品ではなくなった観測録を開き、最後の欄に書く。 依存媒体消失後、現象は継続。 その一行の下へ、少し迷ってから続けた。 継承完了。なお、ここからが開始である。
検閲済みプロット
魔法が失われた世界で、最後の魔法使いは中学校の理科教師。科学実験クラブの生徒たちと協力し、失われた古代の不思議な現象の仕組みを、科学と伝承の両面から解き明かしていく青春ファンタジー。
