エラベノベル堂

残像のシャッター、明日へ余白を残す

全年齢

小説ID: cmneisd1a000p01n3abhav76i

1章 / 全10

「……まだ、こんなの残ってたのか」 晴人は祖父の遺品を詰めた箱の底で、埃をかぶったフィルムカメラを見つけた。黒い革はところどころ擦れていたが、手に取ると妙にしっくりきた。祖父が生前、ほとんど触らせてくれなかった古い道具だ。今さら出てきた理由なんてわからない。それでも、指先に触れた冷たさが、なぜか胸の奥をざわつかせた。 「これ、まだ使えるのか?」 誰にともなくつぶやいた晴人は、店の引き出しを順に開けた。古い写真店らしく、そこには紙焼きの端切れや使いかけの封筒が雑にしまわれている。だが二段目の奥で、細長い缶ケースを見つけたとき、嫌な予感より先に好奇心が勝った。蓋を開けると、未現像のフィルムが丁寧に巻かれている。 「まさか、これも祖父の……」 意味もなく息を止めたまま、晴人は暗室の機材を引っ張り出した。古い現像機はうなるような音を立て、赤い灯りの下で、ただの黒い帯だったはずのフィルムが少しずつ輪郭を持ちはじめる。現像液に沈め、洗い流し、乾かす。その一連の作業を、晴人は半分夢みたいな気分で見守っていた。 やがて浮かび上がった一枚に、晴人は身じろぎした。 街角の横断歩道。傾いた標識。今にも倒れかける鉄の影。そのすぐ脇を、見知らぬ少女が避けるように走り抜けている。 「……は?」 写真の中の光景は、妙に生々しかった。看板のぐらつき方まで、風に煽られる寸前の不安定さがある。だが店の外からは、そんな気配はしない。窓越しに見える通りは、夕方の人通りが少し多いだけで、いつもの顔をしていた。 晴人は写真と外を何度も見比べた。偶然の写り込みにしては、細部があまりに整いすぎている。標識の角度、少女の振り返り方、足元の一歩の逃げ遅れ。まるで、これから起こる何かを先に切り取ったみたいだった。 「そんなわけ……」 否定しようとしても、喉の奥が乾くだけだった。祖父はよく、写真は時間を閉じ込めると言っていた。その言葉の意味を、晴人はずっと綺麗事だと思っていた。けれど今、手の中の一枚は、ただ時間を止めたんじゃない。まだ起きていないはずの出来事を、こちらへ先回りして差し出してきている。 晴人は写真を机に置き、もう一度だけ、窓の外を見た。傾いた標識はない。見知らぬ少女の姿も、もちろんない。 それなのに、胸騒ぎだけが消えなかった。

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