雑貨店に着くと、店先で主人の老夫婦が段ボールを運んでいた。写真に写っていた白い煙はまだ見えない。けれど鼻を刺すような焦げた匂いは確かに強くなっていて、私は考えるより先に裏手を見せてくださいと頼んでいた。突然の言葉に夫婦は戸惑ったが、店の奥からぱちぱちと小さな音がして、主人の顔色が変わった。案内された倉庫の隅では古い延長コードが熱を持ち、積まれた紙箱の角が黒く焦げ始めていた。主人が慌ててブレーカーを落とし、私は店先の消火器を運ぶ。火は大きくなる前に消えた。礼を言われても、私はうまく笑えなかった。助けたという実感より、写真が本当に少し先を見ているのだという確信のほうが、重く胸に残ったからだ。 それから私は、そのカメラを鞄に入れて持ち歩くようになった。朝の駅、夕方の交差点、川沿いの遊歩道。気になった場所を撮り、現像し、写り込んだ違和感を追う。足場のゆるんだ工事現場、倒れかけた街路樹、マンションの非常階段に放置された段ボール。最初のうちは単純だった。危ない場所に先回りし、管理者に知らせ、時には通報する。派手な感謝を受けることはなくても、誰かの怪我や小さな火種が消えていくたび、祖父から見えない形で仕事を引き継いでいるような気持ちになった。 だが一週間もすると、写真は急に意地悪になった。 同じ公園を撮ったはずなのに、一枚には滑り台の下で泣く子どもが、別の一枚には無事に笑う家族が写る。繁華街の路地では、割れたガラス片のそばに転んだ男の影があるのに、どの店から何が起きるのか判然としない。先回りして声をかければ、それが別の混乱を呼ぶこともあった。荷崩れを防ごうとして配送を止めたら、別の搬入口に人が集中し、危うく将棋倒しが起きかけた日もある。未来を変えるたび、水面を指で押したように別の波紋が広がる。私は写真を見ながら、救っているのか、ただ形を変えているだけなのか分からなくなっていった。 眠れない夜が増え、私は離れの物置へ戻った。祖父の遺品をもう一度、今度は見落としのないように調べる。工具箱の底板を外すと、薄い大学ノートが数冊、きっちり重ねて隠してあった。表紙には日付と撮影場所、そして短い記号のようなメモ。駅前、河川敷、学校裏、旧道交差点。ページをめくるたび、貼りつけられた写真の隅に赤鉛筆で線が引かれ、横に祖父の字が添えられている。 止めすぎるな。 知らせるだけで足りる日がある。 一人で決めるな。 喉の奥が詰まった。祖父もこのカメラを使っていた。しかも一度や二度ではない。何年も前から、同じように未来のほころびを見つけ、向き合い続けていたのだ。無口だった祖父が、あんなに天気の話ばかりしていた理由が少し分かった気がした。きっと天気のように、未来も読めても支配はできないものだと知っていたのだ。 ノートの最後のほうに、貼られていない一枚の写真が挟まっていた。川沿いの遊歩道。欄干の向こうで、増水した水面が鈍く光っている。画面の端には、若いころの祖父らしい背中が小さく写っていた。立ち尽くしているその姿は、助ける者というより、何かの重さに耐えている人のそれに見えた。私は写真を指でなぞりながら、ようやく理解しかけていた。このカメラが突きつけるのは正解ではない。ただ、選ばなければならない瞬間だけなのだと。
残像のシャッター、明日へ余白を残す
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