エラベノベル堂

残像のシャッター、明日へ余白を残す

全年齢

小説ID: cmneisd1a000p01n3abhav76i

10章 / 全10

「……最後の一枚、使うしかないか」 晴人は港の見晴らし台に立ち、白く焼けた写真をそっとポケットから出した。夜明け前の空は薄青く、潮の匂いだけが強い。風はあるのに、さっきまで胸を締めつけていた嵐の気配はなかった。警報を鳴らした港の向こうで、人の声が遠くから戻ってくる。誰も濡れていない。誰も流されていない。 「間に合った、のか……」 美月が隣で息を整えた。 「たぶん、じゃない。間に合ったんだよ」 「でも、この写真だけは……」 晴人は最後の一枚を見つめる。真っ白な写真の面が、まだ何も写っていないようで、何かがこちらを待っている気がした。 「俺自身に向ける」 「え?」 「これで確かめる。俺が何を選ぶのか」 美月は一瞬だけ黙り、それから小さくうなずいた。 「なら、見届ける」 晴人はカメラを構え、レンズの先に自分を入れた。見晴らし台の手すり、静まり返った港、白みはじめた空。その中央に立つ自分の顔は、思ったより迷っていなかった。 シャッターが落ちる。音は、ひどく軽かった。 現像のために店へ戻ったのは、その少しあとだった。暗室の赤い灯りの下、写真が液の中でじわりと浮かび上がる。晴人は息を止めた。 写っていたのは、自分だけではなかった。 画面の端に、黒い傘の男が立っている。だがその輪郭を見た瞬間、晴人は理解してしまう。傘の持ち方、肩の傾き、こちらを見る目の癖。それは何度も写真の隅で見た影ではない。祖父、その人だった。 「……祖父?」 美月が言葉を失う。 写真の中の祖父は、戦場の写真で見た顔よりずっと若く、けれど目だけは変わらない。厳しくて、やけに優しい目だった。晴人は次のページをめくるみたいに、胸の奥が静かにほどけていくのを感じる。 祖父は未来を当てようとしていたんじゃない。戦場で、何度も見失いかけた自分の進む道を、孫に渡していたのだ。誰かを救うたび、晴人が選び直す。そのたびに祖父自身も、写された過去の向こうで、自分の生き方を選び直せるように。 「未来を見せてたんじゃない……俺に、選ばせてたんだ」 美月が静かに笑った。 「ずいぶん回りくどいおじいちゃんだね」 「ほんとにな」 晴人は顔を上げ、暗室の入口のほうを見た。店は、閉じない。 「ここを、未来の相談所にする」 「相談所?」 「写真を見て、怖がるだけじゃなくて、どう動くか考える場所だ。俺ひとりじゃ限界があるし……これからは、ちゃんと誰かと相談する」 美月は目を瞬かせ、それから肩の力を抜いた。 「それ、けっこういいね」 店の奥で、古い時計が小さく鳴る。港には、もう嵐は来ない。けれど写真の中には、まだ選ばれていない朝がいくつも眠っている。 晴人は乾ききらない写真を見つめ、ゆっくり息を吐いた。 「さあ、始めようか」

検閲済みプロット

戦場カメラマンの祖父が残したフィルムカメラ。撮ると「まだ起きていない出来事」が写るため、孫が災害と事故を防ごうとして運命に巻き込まれる。

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