主コンソール室に飛び込んだ瞬間、朝比奈新は空気の重さの違いを感じた。さっきまで基地内ネットを駆けていたざわめきが、厚い壁の向こうでまだ震えている。その震動の中心に、政人がいた。 「まだ間に合う。自動制御を維持しろ」 冷えた声だった。だが、新はもうその声に揺れなかった。 「間に合うのは、壊れる前に手を打った場合だけだろ」 隣で蒼依が端末を開く。 「手動切り替え、準備完了。新、今だよ」 政人が一歩前に出る。 「やめろ。ここで制御を落とせば、補償は効かない。基地は持たない」 「持たないのは、今まで無理を重ねたせいだ」 新はコンソールの前に立ち、震える指先を押しつけた。画面には、見慣れた気圧と砂塵の波形が暴れるように走っている。だが、どこかで呼吸を整えるような間もあった。 「この揺れは、暴走じゃない。こいつは、まだ生きようとしてる」 蒼依が小さくうなずく。 「最低限の安全運転に落とす。あとは、基地が自分で均衡を探す余地を残す」 政人の表情が硬くなる。 「勝手に判断するな。企業の責任をどうするつもりだ」 「責任から逃げたのは、そっちだ」 新が切り替え操作を実行した瞬間、主コンソールが低く唸った。警告色が一面に流れ、数値が一度大きく揺れる。心臓が跳ねた。だが次の瞬間、暴れかけた曲線は、まるで見えない手に導かれるように滑らかさを取り戻していく。 「……入った」 蒼依の声が少しだけ掠れた。 「最低限の安全運転、安定。いける」 新は息を吐いた。外では砂が壁を叩く音が遠くなっていく。基地の外縁を回っていた赤い流れは、こちらを避けるように向きを変え、やがて収束していった。 政人はその光景を見つめたまま、何も言えなかった。画面の向こうでは、住民端末に送られたデータが証拠として積み上がっている。隠蔽は、もう薄い膜みたいに裂けていた。 「終わりだな」 新の声は静かだった。勝利の高揚はない。ただ、ずっと閉じていた扉がようやく開いたような感覚だけがあった。 蒼依が肩の力を抜く。 「うん。少なくとも、今日は守れた」 新は主コンソールの表示を見下ろし、ふと窓の外の赤い地平を想像した。火星は、支配してねじ伏せる場所じゃない。読み解いて、合わせて、互いに無理をしないよう歩く場所だ。 「……そうか」 そう呟くと、不思議と胸の奥が静まった。火星はまだ遠い。だが、もう敵ではない。 コンソールの光が、静かな鼓動みたいに明滅していた。
検閲済みプロット
火星テラフォーミング基地で働く気象エンジニアが、人工気候の暴走を予測する『砂嵐の癖』を発見し、企業の隠蔽と対決するSFサスペンス。
