居住区放送センターのガラス越しに、赤茶けた空が鈍く滲んでいた。朝比奈新はマイクの前に立ち、喉の奥に残る乾きを飲み込む。隣では蒼依が端末を抱え、住民向けの案内文を最後まで目で追っていた。 「行くよ」 「うん」 新がスイッチを入れると、低い雑音のあとに自分の声が基地内へ流れた。 『居住区の皆さん、落ち着いて聞いてください。いまから危険区域の封鎖と、必要箇所への避難を開始します。窓際や外縁通路には近づかないでください』 言い終えた瞬間、耳障りな遮断音が割り込んだ。画面の警告表示が赤く跳ねる。 「停止命令だ……」 蒼依が舌打ちする。 「企業側が止めた。放送切られてる」 新はマイクを握りしめたまま、短く息を吐いた。 「やっぱり来たか」 『警報は不要、各自待機せよ』という機械音声が、居住区のスピーカーに勝手に流れ始める。だが、もう遅い。新は蒼依と視線を交わし、すぐに端末を基地内ネットへ切り替えた。 「ネット経由で流せる。全端末に、気象データを一斉送信する」 「できるの?」 「やるしかない」 新は保存してあった波形、砂塵の偏り、冷却負荷の推移をまとめて送信し始めた。居住区の共有端末、個人端末、通路の案内表示まで、数値が次々と広がっていく。最初はただのグラフにすぎなかったはずのものが、いまは隠しようのない事実として並んでいた。 「見てる、みんな見てる……」 蒼依が小さく呟く。扉の向こうで足音が増え、放送センターの前に人が集まり始めていた。 『砂嵐の癖』という新のメモまで表示されると、ざわめきが波のように広がる。 「これ、本当に危ないのか」 「避難したほうがいいんだな」 モニター越しに届く声が、次第に一本の流れになる。新はデータの更新を止めずに答えた。 「危険区域はすぐに封鎖する。手動制御に切り替えるまで、無理に動かないでくれ」 そのとき、背後の通信卓が震えた。企業の制御信号が押し返してくる。だが、住民の端末に広がった数値の前では、その圧力も薄い。 「隠せなくなったな」 蒼依の声は、どこか少し震えていた。恐怖ではない。ようやく届いた、という震えだった。 新は集まる視線を感じながら、端末をしっかり握り直す。 「隠蔽は終わりだ。あとは、基地を止めない方法を選ぶだけだ」 放送センターの前で、誰かが大きくうなずく気配がした。
火星の癖、嵐の証言
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