最初の稽古は、思った以上に惨めだった。扇子を開く角度ひとつで間抜けに見え、顔の向きが少しずれただけで客の視線は散る。彼女は舞台袖の椅子に腰かけ、私の動きを見ながら、ここでためを作る、ここで息を飲ませる、と手と表情で示した。私はそれを真似るが、ただ形をなぞるだけでは笑いにならない。落語は筋書きではなく、温度だ。そこに気づくほど、今まで自分が声に寄りかかっていたことを思い知らされた。 やがて稽古場に顔を出した先輩のひとりが、眉をひそめた。客は耳で聴くものだろう、芝居じみたことをして何になる。そう言われ、胸の奥がひりついた。だが彼女は引かなかった。字幕を添えれば言葉の流れは追えるし、照明の明暗で場面の切り替えも伝えられる。何より、表情と仕草が噺の芯を支えれば、想像は客の中でさらに広がるはずだと、静かに言い切った。その横顔は穏やかで、けれど一歩も退かない強さがあった。 そこから二人は、何度もぶつかった。私は間を置きすぎると彼女に指摘され、彼女は字幕を足しすぎると余白が消えると私に止められた。意地の張り合いのようでいて、気づけば互いの得意を守るための言い争いになっていた。稽古の終わり、彼女が私の扇子の動きに合わせて一つの文を示したとき、私は思わず笑ってしまった。声はなくても、笑いは確かに生まれる。その瞬間、彼女も目を細めた。 やがて小さな試演の話が持ち上がった。寄席ではなく、町の文化会館の一室。客席は少ないが、初めて本当に試せる場だという。準備の合間、彼女は字幕の文言を何度も削り、照明係に細かな指示を書き足した。私は噺の冒頭を、口に出せない代わりに、顔と肩の動きだけで組み立て直した。誰にも届かないと思っていた沈黙が、いつしか誰かに向けて形を持ちはじめている。その実感は、喉の傷みよりずっと熱かった。
見えない声、灯る高座
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