エラベノベル堂

雨籠りの画布、失踪は暁へ

全年齢

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10章 / 全10

雨上がりの湿った空気が、正面ロビーのガラスに薄く張りついていた。柚羽は全作品の位置を一つずつ確かめながら、元の並びへ戻していく。台帳と記録、回収した小品、百年前の手紙。机の上に積み重ねるほど、散らばっていた違和感がひとつの形になっていった。 「……これで、全部そろった」 慎一は少し離れた場所で黙っていた。さっきまでの強張りは消えないが、もう言い逃れをする気配もない。柚羽は最後の一枚を壁に掛け、額縁の位置を指先で整える。 「公開できる形にはなりました。記録も、盗難品も、手紙も」 「そうか」 「そうか、じゃないです。これ、終わりにするんです」 慎一は短く息を吐いた。答えの代わりに視線だけを展示室へ向ける。その先で、肖像画の人物が、先ほどまでと違う角度でこちらを見返していた。 「……まだ動くのか」 柚羽が呟いた瞬間、壁一面の絵が、まるで息を合わせるみたいに静かになった。次の瞬間、展示絵画の中の人物が最後に一度だけ入れ替わる。 「え……」 柚羽は目を見開いた。さっきまで見ていた横顔がほどけ、別の輪郭が前へ出る。だがそれは脅かす変化ではなかった。失踪したはずの画家の横顔が、額縁の奥でこちらへ向けて、ひどく穏やかにほほえんでいた。 「……あなた」 声にならない声が漏れる。百年前に消えたものが、ようやくここで輪郭を得たみたいだった。 慎一が低く言う。 「これで、隠してきた意味もなくなる」 「ええ。事件は解決です」 柚羽はまっすぐ頷いた。美術館は、長く閉ざしてきた秘密を今になって明かしている。けれど、それで終わりではない。彼女は新たに加えられた自画像へ視線を移し、そこで息を止めた。 「……そんな」 額の中にいたのは、見知らぬ誰かではなかった。淡い輪郭の中に、確かに自分の横顔があった。 柚羽は一歩も動けないまま、その絵を見つめる。 ここが、物語の終わりではない。 ずっと前から、始まりだったのだと知ってしまった。

検閲済みプロット

大雨で孤立した美術館。夜ごとに展示絵画の人物が一枚ずつ入れ替わる怪異の中、学芸員が盗難事件と百年前の失踪を解く幻想ミステリー。

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