エラベノベル堂

真実は、判決の外で揺れる

全年齢

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1章 / 全10

法廷の空気は、奇妙に軽かった。 木目の傍聴席には、朝の光が斜めに差し込み、誰もが新しい道具を見物するような顔をしていた。蓮真人は書類を閉じる指先に、わずかな汗を感じる。導入されたばかりの証言判定AI。裁判長の淡々とした声に続いて、被告の供述が読み上げられるたび、傍聴席のどこかで小さな期待が跳ねた。 「判定を」 裁判長が告げると、傍らの端末が短く光る。 真実。 表示はそれだけだった。余計な説明も、迷いもない。 「おお……」 「すごいな、もう決まるのか」 便利だ、と誰かが囁いた。蓮真人も、周囲の熱に置いていかれないように表情を整えながら、内側では別のものが冷たく沈むのを感じていた。 速すぎる。 その一言だけが、妙に引っかかった。 被告はまだ口を開いたまま、次の質問を待っている。声は震えていない。視線も逸らさない。むしろ、堂々として見える。だからこそ、真実という二文字があまりにきれいに貼り付いたようで、蓮真人には紙のラベルみたいに見えた。 「蓮先生」 隣の席の書記官が、肩を寄せる。 「すごいですね。これなら争点整理も早くなります」 「そうだな」 そう返しながら、真人は端末から目を離せなかった。 真実。 簡潔で、強い。だが、強い言葉ほど、疑う余地を奪う。 彼は机の上のメモに視線を落とした。事件は横領。証言は複雑で、数字の辻褄も、関係者の記憶も、まだ完全には噛み合っていない。それでもAIは一瞬で切り分けてしまう。まるで散らかった机を、手のひらで一度なでてしまったみたいに。 裁判長は次の進行を淡々と告げ、法廷はそのまま流れていく。傍聴席のざわめきは、もう好奇心に近い軽快さを帯びていた。 「これで嘘はつけないわけか」 「いや、逆に分かりやすくていい」 その声に、真人は小さく息を吐いた。 分かりやすい。 本当にそうだろうか。 証言とは、そんなにきれいに真っ二つに分けられるものだったか。言葉の端に残るためらい、沈黙の長さ、問いの置き方。そういうものが、判定の速さで削り落とされている気がした。 端末の光はもう消えていた。それでも真人の視界には、真実という表示だけが薄く残っている。 彼は何も言わず、次の書面を開いた。 けれど胸の奥では、理由のわからない不安が、静かに形を持ち始めていた。

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