エラベノベル堂

真実は、判決の外で揺れる

全年齢

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2章 / 全10

昼食を急いで済ませたあと、蓮真人は会議室の窓際に積まれた事件記録を、もう一度ひとつずつ開き直していた。白いテーブルの上には供述調書、尋問メモ、時系列表。朝の法廷で見た、あの短い真実の表示が、まだ網膜の端に残っている。 「そんなに睨まないでください。紙が穴あきますよ」 ドアの向こうから声がして、葵咲が湯気の立つコーヒーを二つ抱えて入ってきた。 「睨んでるんじゃない。確認してる」 「同じに見えますけど」 「違う。……こっちだ」 真人は調書の一行を指でなぞった。被告の説明では、金庫を確認したのは午後二時台。そのすぐ後に証人が廊下で被告を見かけた、と続く。だが別の記録では、証人はその時刻にまだ会議室の前を通っていない。時間の順番が、細くねじれていた。 葵咲が身を乗り出す。 「でも、それって記憶違いの範囲じゃないですか。AIも真実って出してましたし」 「そこだ」 真人は証人の発言部分に赤を入れた。 「視線の流れがおかしい。『右の扉を見た』って言ってるのに、その直後に『被告の顔が見えた』になる。普通なら扉と顔は同時に目に入るはずだ。なのに、問いの順番を変えた記録を見ると、見えている景色が微妙に入れ替わってる」 「つまり?」 「誘導されてる。いや、誘導されたように見えるよう整えられてる」 葵咲は眉をひそめ、椅子の背にもたれた。 「先生、あまり決めつけない方がいいです。機械の判定に逆らうって、外から見たらただの意地です」 「分かってる」 「分かってません」 彼女はいつも少しだけ強い口調で言う。だがその強さは、止めるためのものではなく、転ばないよう支えるためのものだと真人は知っていた。 それでも、彼は記録を閉じなかった。 「AIが見落とした何かがある」 「見落とした、じゃなくて、拾わなかった可能性は?」 「どっちでもいい。いずれにせよ、ここにはまだ答えが残ってる」 葵咲は小さく息をつき、コーヒーを一口飲んだ。 「じゃあ、独自調査ですね」 「悪い?」 「悪いとは言ってないです。ただ、泥沼に片足突っ込む顔をしてるなって」 真人は机の端に置いたスマートフォンを手に取り、画面をつけた。連絡先ではない。事件番号の控えだ。法廷の中で与えられた答えを、そのまま受け取る気はもうなかった。証言の並び、質問の角度、視線の向き。小さな綻びは、たったひとつでも全体を揺らすことがある。 「葵咲」 「はい」 「午後の予定、少し空けてくれ」 「……ほんとにやるんですね」 真人は窓の外を見た。高いビルの壁面に反射した光が、冷たく白い。 「やる。あの表示が正しいなら、俺の違和感は間違ってる。でも、違和感のほうが先に立った。なら、確かめるしかない」 葵咲はしばらく黙ってから、観念したように肩をすくめた。 「分かりました。資料の整理は手伝います。ただし、暴走したら止めますから」 「頼もしいな」 「止める役ですから」 会議室の静けさの中で、紙をめくる音だけがやけに大きく響いた。真人は次の調書に視線を落とす。真実と断定された証言の、その断定に混じったわずかな違和感は、もう単なる胸騒ぎではなかった。

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