法廷の空気は、これまでとは違う重さを帯びていた。朝の光が高い窓から差し込み、傍聴席の沈黙を白く照らしている。蓮真人は机上の資料を一枚ずつ整え、深く息を吸った。 「蓮先生、準備は」 葵咲の声は低い。 「できてる。いや、できていない部分まで見えている」 「それ、安心材料じゃないですよね」 「安心なんて、今日は要らない」 裁判長の視線が向く。真人は立ち上がった。 「判定AIの結果ではなく、証言がどう作られ、どこで改ざんされたかを示します」 ざわめきが走る。真人は一つ目の記録を掲げた。証人が法廷外で同じ言葉を繰り返すよう求められていた痕跡。次に、古い映像の編集履歴。さらに、通信の接続先が企業系の回線へ伸びていた事実。ひとつずつ、順番に、逃げ道を塞ぐように並べていく。 「AIは真実を守ったのではありません。整えられた流れを、そのまま真実らしく見せただけです」 傍聴席の誰かが息を呑んだ。 「機械の即断で救われる真実など、ありません。必要なのは、経路を見て、傷を見て、改ざんの手を見抜くことです」 裁判長はしばらく目を閉じ、それから静かに端末へ手を伸ばした。 「証言判定AIの単独判定を停止する」 その一言で、法廷の空気が揺れた。真人は、ただまっすぐ前を見た。裁判長の声は続く。 「本件の真相は、別の人物の利益のために操作されていた可能性が高い」 静かな空気が法廷を包む。誰もすぐには言葉を返せない。あまりに長く、ひとつの表示に預けてきたものが、今ようやく人の手に戻される瞬間だった。 真人は資料をそっと閉じた。勝った、という感覚ではない。ようやく始まる、という感覚に近い。 「……これからですね」 葵咲が小さく言う。 「ああ」 真人は傍聴席の向こう、まだ何も書かれていない未来を見た。 機械が答えを出す時代の先で、人が確かめ続ける司法が始まる。その入口に、今、立っている。
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法廷で証言の真偽を判定するAIが導入された近未来。若手弁護士が、AIだけが「真実」と断定する証言の矛盾を追うリーガルサスペンス。
