エラベノベル堂

真実は、判決の外で揺れる

全年齢

小説ID: cmnenb7oo004j01n34751brjz

9章 / 全10

法廷控室の空気は、朝の冷たさをそのまま閉じ込めたみたいだった。窓のない壁際で、蓮真人は机に広げた記録束を指先で押さえる。被告の供述、証人の発言、企業側の通信の記録。昨夜まで散らばって見えた線が、今は一本の細い糸になっていた。 「先生、顔が怖いです」 葵咲が小声で言う。 「怖い顔をしてる自覚はある」 「自覚があるなら、少しは直してください」 「無理だ。つながった」 真人は一枚の紙を引き寄せた。時刻の並び、送信の癖、改ざんの跡。被告や証人が何を言ったかではない。誰がそれをどの順に流し、どの記録を整えたか。その流れの先に、事件の当事者ではない別の影があった。 「黒幕は、横領の中心にいた人間じゃない」 葵咲の目が上がる。 「じゃあ、誰です」 「判定AIの信用を借りて、世論を動かしていた第三者だ」 言い切ると、控室の静けさが妙に深くなった。AIが真実と示せば、人は疑いにくい。そこを利用すれば、証言の重みはいくらでも傾けられる。裁判の外側で、もっともらしい流れを作ればいいだけだ。 「そんなこと、できるんですか」 「できるから厄介なんだ。判定の癖を知っていれば、次に何を拾うかも読める」 葵咲は唇を結び、端末の画面を見た。 「待ってください。これ、更新されています」 真人が身を乗り出す。通信記録の末尾に、さっきまでなかった編集の痕が増えていた。被告でも証人でもない、見えない手が、次の証言データへ伸びている。 「もう始めてるのか」 「改ざん、ですか」 「そうだ。次の証言を先回りで整えてる」 葵咲の声がわずかに硬くなる。 「止めないと」 「止める。だが、時間がない」 真人は資料を束ね直した。控室のドアの向こうで、人の気配が増えている。最終審理は近い。だがその前に、相手はすでに次の一手を打ち始めている。 「先生、これ、どこまで崩せますか」 「崩すんじゃない。先に見つける」 真人は低く答えた。真実はまだ法廷の中にあるのではない。整えられ、書き換えられ、今まさに次の形へ運ばれようとしている。その事実だけが、控室の空気を鋭く張りつめさせていた。

9章 / 全10

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