旧灯台の跡は、夜の海を背にして黒く口を開けていた。風が石の隙間を抜けるたび、錆びた鉄骨が低く鳴る。俺たちは完成直前の原稿を抱えたまま、その円形の空間に立っていた。 「ここまで来て、まだ隠すのか」 最初に切り出したのは、さっきまで黙っていた受刑者だった。紙束を胸元で握りしめ、目だけがやけに熱い。 「隠してるんじゃない。お前が勝手に決めつけてるだけだ」 「決めつけ? だったら、この手書きの注記は何だよ」 誰かが資料の一枚を掲げた。確認済み。再提出不要。あの無機質な筆跡が、灯台跡の暗がりでも妙に浮いて見える。 「施設側の手だろ」 「いや、違う。施設側だけじゃない」 別の受刑者が、乾いた笑いを漏らした。 「ここまで並べて、まだ自分は無関係だと言うのか」 声が重なり、紙の端が震える。完成直前の原稿には、事件当夜の順番がぎりぎりまで埋まっていた。だが、そこに書かれている名前は、読めば読むほどひとつに絞れなくなる。 「俺は見たんだ」 さっき防波堤で曖昧な記憶を口にした男が、低く言った。 「誰かが、あの夜に動いた。だから俺は、そいつが犯人だと思ってる」 「違う」 即座に返したのは、別の受刑者だった。 「お前が見たのは、動いた奴じゃない。黙らされた後の姿だ。順番を取り違えるな」 「取り違えてない。お前こそ、都合のいいところだけ残してる」 「お前ら、どっちもだ」 第三の声が割り込む。 「真犯人を探したいなら、まず自分の立場を言えよ」 灯台跡の空気が、いっそう張りつめた。俺は原稿を開きかけて、ある一行で手を止める。そこには、事件の語りを支えていた人物の視点だけが、不自然に滑り込む余地を持っていた。 「待て」 俺が言うと、全員の視線が集まった。 「この原稿、最初から誰かが読まれる前提で書いてないか」 誰もすぐには答えない。ページをめくる音だけが、潮騒に混じって響いた。 「語り手が、最初から別だったんだ」 その言葉を落とした瞬間、空気が変わった。書いていたはずの物語が、書かせていた側の意図をのぞかせる。俺たちが追っていた真相は、犯人の名だけじゃない。どの視点で見せるかを、誰が決めていたのか。 「まさか……」 誰かが教官の名を出しかけて、途中で飲み込んだ。 意外な人物の意図が、暗い灯台跡の中心でじわりと輪郭を持つ。原稿の最後の一枚が、風に煽られて小さく揺れた。
孤島綴り、沈黙の継ぎ目
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