エラベノベル堂

孤島綴り、沈黙の継ぎ目

全年齢

小説ID: cmnenc97j000301mnwniq38lk

8章 / 全10

午後の光は高い窓の縁を淡く照らしていた。資料室の扉を開けた瞬間、紙の匂いより先に、湿った埃の気配が鼻をかすめる。棚は天井まで詰め込まれ、背表紙のない箱や、札の剥がれたファイルが迷路みたいに並んでいた。 「ここにあるはずだ」 誰かが低く言う。禁じられていた島の記録。見つけたのは偶然だったはずなのに、俺たちはもう、偶然という言葉を信じる気になれなかった。 机の上に広げた束をめくると、古い報告書の隅に、教室で書いていた事件名と同じ文字列が覗いた。だが、その下に重なるように別の記述がある。事故。搬送。記録保留。そこにさらに、手書きで小さく修正された行が続いていた。 「事故だったってことか」 「いや、事故だけじゃない」 別の受刑者が、唇を結んだままページを押さえる。 「見ろ。時刻が抜けてる」 紙面には、事件当夜の流れが記されているはずの欄に、ぽっかりと空白があった。しかも、そこだけ綺麗に削られたみたいに不自然だ。誰かが慌てて消したのではない。最初から、そこを見せないつもりだったとしか思えない。 「これじゃ、俺たちが見せられてたのは半分だけだ」 俺が呟くと、隣の男が鼻で笑った。 「半分どころじゃない。都合の悪いところを全部抜いた跡だろ」 その言い方に、誰も反論しなかった。記録は、事故だけを語っていない。記された順番を追うほど、そこに人の手が入った気配が濃くなる。しかも、その手は受刑者たちの誰か一人ではなく、もっと上の立場から紙を整えたようだった。 「ここ」 紙束の中ほどで、教官が普段使うものとよく似た筆跡を見つけた者がいた。 短い注記。確認済み。再提出不要。受け取った瞬間、俺は息を止めた。そんな書き方、あまりに事務的すぎる。だが、その冷たさが逆に、記録の外側にいる誰かの存在をはっきりさせていた。 「施設側が、知ってたんじゃないか」 誰かが声を落とす。 「隠したのか」 「少なくとも、消した」 沈黙が落ちた。ページをめくる音だけが、やけに大きい。未解決事件は、ただの不運な事故ではなかった。誰かが見たことを縮め、誰かが見なかったことにして、記録の穴そのものを作っていた。 俺は資料を見下ろしたまま、背中に冷たいものが走るのを感じた。そこには参加者の誰かの痕跡だけじゃない。島でこの記録を扱う側の手も、確かに触れている。 「……じゃあ、俺たちは何を書かされてるんだ」 その問いに答える者は、まだいなかった。

8章 / 全10

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