エラベノベル堂

豚汁謎解き帖

全年齢

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1章 / 全10

「よし、火、もう少しだけ弱めて」 香織がそう言うと、家庭科準備室の空気がふっと和らいだ。鍋のふちで湯気が揺れ、煮えた根菜の甘い匂いが、古い棚や洗いかけのボウルにまで染み込んでいく。文化祭前の試作にしては、少し本気が過ぎる。けれど、料理部の部長である香織にとっては、ここで妥協するほうがもっと嫌だった。 「見た目はいい感じだね。彩花、味噌、いける?」 「うん。今日はいつも通りの配合にしたはず」 彩花が小さな木べらで鍋を混ぜる。凛桜は横で大根の切れ端を皿に並べ、わずかに眉を寄せていた。 「はず、って言った?」 「言ったけど、そんなに責めないでよ」 「責めてない。確認してるだけ」 香織は苦笑しながら、三人分の椀に汁を注いだ。ふう、と息を吹きかけ、一口目を口に運ぶ。次の瞬間、舌の奥にひやりとした鋭さが走った。 「……あれ」 思わず声が漏れる。甘いだけではない。いつもの丸みのある味噌の後に、妙に尖った後味が残る。出汁が崩れた感じとは違う。鍋を覗き込む香織の顔に、彩花が身を乗り出した。 「どうしたの?」 「なんか、変。味噌が違う……というより、混ざってる?」 凛桜が静かに鍋を見つめる。 「具は全部、同じ棚から出したよね」 「うん。メモも確認したし」 香織は台の端へ目を走らせた。買い出し袋、計量スプーン、開けたばかりの味噌パック。整っているはずの配置の中で、ひとつだけ違和感がある。さっきまで積んであったはずの乾物の袋が、妙に軽い。中身の量が、ほんの少しだけ合わない。 「……誰か、少し入れ替えた?」 その言葉が落ちた途端、彩花の表情から明るさが消えた。 「いたずら、ってこと?」 「決めつけたくはない。でも、この味は偶然じゃない気がする」 凛桜は何も言わず、椀を見つめたまま唇を結ぶ。さっきまで文化祭の屋台を想像して笑っていたはずの部屋が、急に狭く感じられた。鍋の湯気だけが変わらず立ちのぼり、何事もなかったみたいに白く揺れている。 香織はもう一度、慎重に汁をすくった。鋭い後味は、やはり消えない。 「……これ、全部やり直したほうがいいかも」 誰もすぐには返事をしなかった。明るい試食会は、静かな疑惑に変わっていた。

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