翌日の放課後、私たちは制服の上に薄い上着を羽織って商店街へ向かった。空には低い雲が広がっていて、夕方の光は鈍い銀色だった。昨日まで見慣れていたはずの通りが、今日は調味料の瓶を逆さにして中身を確かめる時みたいに、何かを隠しているように見える。 最初に入ったのは丸新青果だった。店先には大根がずらりと並び、葉の青さがまだ元気だった。私はいつもより慎重に一本手に取り、切り口を見た。水分はある。けれど、香りが少し弱い。 おじさん、今週、仕入れ変わりましたか。 丸新のおじさんは新聞をたたみながら、よく気づいたなと笑った。先日の雨で近くの畑の出来がぶれて、半分だけ隣町の農家から入れているらしい。にんじんも土の香りが少し軽い。野菜の甘みが薄ければ、豚汁の骨組みは確かに揺らぐ。でも、それだけで昨日の違和感すべては説明できない。 次に杉本精肉店へ行くと、店内には揚げ物の香りと、忙しく包丁を動かす音が満ちていた。私は試作用に使った豚こまのことを伝える。杉本さんは少し眉をひそめ、奥の冷蔵庫から同じ伝票の日の肉を見せてくれた。 今週は仕入れ先は変えてない。ただ、部位の配分は少し違うかもな。祭り前で注文が多くて、肩の割合が増えた。 脂の回り方がいつもよりおとなしかった理由はそれでわかる。焼きつけた時の香りも、だしに落ちるうまみも変わる。でも、味噌のふくらみが遅れた感じはまだ残ったままだった。 最後に福田味噌蔵へ向かうころには、商店街の提灯に明かりが入り始めていた。蔵の戸を開けると、発酵した豆と木桶の匂いが胸いっぱいに広がる。その匂いを吸っただけで、少し安心した。ここが変わっていないなら、まだ立て直せる気がしたからだ。 ところが、福田さんは帳場で困った顔をした。実は今週、若い人向けの新しい合わせを試していて、店先の並びを一部入れ替えたという。私たちがいつも買う札の隣に、塩味を立たせた別配合の商品を置いたらしい。 間違えたかもしれない、という言葉に、結衣が小さく息をのんだ。私は棚を見た。確かに似た色の袋が並んでいる。昨日の私なら、急いでいて札だけ見て手に取ったかもしれない。原因はこれだ。そう思った瞬間、胸のつかえが半分ほど落ちた。 けれど、真帆が低い声で言った。 菜々、あれ見て。 蔵の外、通りの向かいに、今年のライバルだと噂されている駅前カフェのチームがいた。見慣れないスーツ姿の男と話し込んでいる。男は商店街の空き店舗の前で図面らしい紙を広げ、通りを指でなぞっていた。再開発の説明会で見かけた顔だった。 耳を澄ますと、イベントの集客が落ちれば話は進めやすい、という断片だけが風に乗って届く。カフェの店長はすぐにこちらに気づき、会話を切った。笑顔だったのに、シャッターの下りる音みたいな冷たさがあった。 ただの買い間違いで終わらないかもしれない。 そう思うと、味噌袋の重さが急に意味を持ち始めた。商店街では最近、古い店を残すか、新しい施設を入れるかで空気がざわついている。汁物コンテストはただの催しじゃない。この通りに人が集まる理由そのものだ。誰かがそこを揺らしたいなら、評判の店や常連の出場者に小さなほころびを作るのは、十分ありえる。 私は味噌蔵の前で足を止め、通りの先を見た。提灯の赤が、風にあおられて不安定に揺れている。 でも、見えてきた。材料の変化も、誰かの思惑も、全部確かめればいい。本番までに、私たちの鍋を元の味に戻す。いいえ、昨日より確かな一杯にしてみせる。 そう言うと、真帆が口の端を上げた。結衣もようやく、こわばった顔を少しだけゆるめる。商店街のざわめきはまだ不穏だったけれど、進む道まで失ったわけじゃない。むしろ霧の向こうに、次に探すべき輪郭がはっきり浮かび始めていた。
豚汁謎解き帖
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