福田味噌蔵を出たあと、私たちはそのまま帰らず、商店街を端から端まで歩いた。コンテストまであと二日。足を止めている時間はないのに、急ぐほど見落としそうで、私はわざと一軒ずつ看板を読むみたいに通りを見た。八百屋の軒先、乾物屋の段ボール、惣菜店の揚げ油の匂い。いつもは一つの景色に溶けているものが、今日は別々の材料みたいにばらばらに見えた。 駅前カフェの前では、若い店員たちが大きな寸胴を洗っていた。今年は洋風のクリームスープで勝負するらしい。白い湯気の向こうで、昨日見かけた店長がこちらをちらりと見た。敵意というより、何かを計っている目だった。私は会釈だけして通り過ぎる。 ねえ、と真帆が小声で言った。あのカフェが直接何かしたとは限らないよね。 うん。限らない。でも、誰かが商店街を揺らそうとしてるなら、コンテストは真ん中にある。 言いながら、自分の言葉の重さに少し驚いた。昨日までは味の話だったのに、今はもっと広い鍋をのぞき込んでいるみたいだった。 その夜、部室に戻って再現をした。隣町の大根、肩の割合が多い豚肉、そして福田味噌蔵で並び替えられていた別配合の味噌。条件をそろえると、昨日の違和感はほとんど同じ形で現れた。原因の一つは確かに味噌だ。でも、それだけなら買い直せば済むはずなのに、胸の奥のざらつきは消えない。 結衣が伝票を見比べながら、あっと声を上げた。菜々先輩、昨日のレシート、味噌だけじゃなくて削り節も買ってます。 私たちの部では、出汁用の削り節は普段、学校にある在庫を使う。足りない時だけ商店街の乾物屋で買い足す。昨日は確かに棚が少なくて、私が途中で買った。袋を開けると、いつもの鰹の甘い香りより、少し鋭い匂いが立つ。 真帆が指先でつまんで確かめた。これ、宗田節が多いかも。だしが強く出るけど、味噌とけんかしやすい。 そこでやっと、ずれていた歯車が一つにつながった。野菜の甘みが弱く、豚の脂が軽く、味噌は塩気の立つ別配合。そこへ癖の強い出汁が重なれば、いつもの丸さは崩れる。偶然としては出来すぎている。 翌朝、登校前に乾物屋へ寄ると、店のおばあさんは申し訳なさそうに頭を下げた。いつもの棚札が昨夜なくなっていて、近くにいた男の人が、こっちが人気だよと別の袋を勧めてきたのだという。背広姿で、商店街の説明会に来ていた人に似ていた、と。 胸の中で、冷たいものが細く鳴った。直接手を汚さず、少しずつ味をずらす。失敗に見せかけるには十分だ。 放課後、私は部員たちの前で新しい買い物表を書き直した。店ごとの確認項目、受け取る品、香りの見分け方。真帆が横でうなずき、結衣はいつもより強い字で必要量を書き込んでいく。 もう、勘だけでは作らない。一つずつ確かめて、私たちの味を守る。 窓の外では、コンテスト会場になる広場に仮設テントが立ち始めていた。白い布が夕焼けを受けて、まだ何も入っていない鍋の内側みたいに光る。そこにどんな思惑が渦巻いていても、最後に人の心へ届くのは、一口目ですべてを語る湯気だ。私はお玉を握る手に力を込めた。ようやく、戦う相手の輪郭が見え始めていた。
豚汁謎解き帖
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