エラベノベル堂

豚汁謎解き帖

全年齢

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3章 / 全10

「倉庫の鍵、誰が持ってたのか、そこからだよね」 香織は昼休みの喧騒が遠くに薄れる廊下で、声を潜めた。図書室の隣は人通りが少ないはずだったのに、窓の外から差し込む光だけが白く床をなぞっていて、逆に落ち着かない。 彩花が腕を組む。 「下級生の子、早紀だっけ。見たっていう人がいたんでしょ」 「うん。倉庫前で鍵を開けてたって」 凛桜は壁際に寄りかかったまま、じっと廊下の奥を見ていた。 「でも、それだけで決めつけるのは早い」 香織はうなずき、声をかける相手を待った。少しして、早紀が教室のほうから歩いてくる。手を小さく握りしめていて、見るからに落ち着かない。 「早紀ちゃん。少しだけいい?」 「……はい」 香織が尋ねると、早紀の肩がぴくりと跳ねた。 「昨日か今朝、倉庫の鍵を開けた?」 「開けてません」 即答だった。けれど、その速さがかえって不自然で、彩花の眉がわずかに寄る。 「本当に?」 「本当にです。私、倉庫には入ってないです」 「じゃあ、なんでそんなに慌ててるの」 彩花の問いに、早紀は唇を結んだまま黙り込む。廊下の空気がひりつく。香織は強く責めないように、言葉を選んだ。 「誰かをかばってるの?」 「……違います」 「じゃあ、何か知ってる?」 早紀は一度、視線を落とした。それから、まるでそれだけは言ってはいけない秘密を押し出すみたいに、ぽつりと漏らす。 「鍋の位置が、変わっていました」 「鍋?」 香織が聞き返すと、早紀は小さくうなずいた。 「朝、見たときと違ってて。準備室の端に置いてあったはずなのに、真ん中寄りに動いてました。だから、誰かが触ったんだと思って……でも、私は鍵を開けてないです」 「見ただけで、どうして言わなかったの」 「言ったら、私が触ったみたいになる気がして」 その声は細くて、けれど嘘を重ねている響きではなかった。香織は彩花と目を合わせる。疑いは残る。だが、早紀の言葉の端々には、誰かを守ろうとしているみたいな硬さも混じっていた。 凛桜が静かに口を開く。 「鍋の位置が変わっていた、だけ?」 早紀はこくりと頷く。 「……はい。それ以上は、分からなくて」 「分からないのに、黙ってたんだ」 彩花の声にはまだ棘がある。早紀はびくりとしたが、逃げずに立っていた。 香織は、胸の奥で増えていく問いを押さえ込む。 犯行を否定する声は真っすぐだった。けれど、鍋の位置の話は、見てはいけないものを見た人間の言い方にも聞こえる。 悪意なのか。誰かを守るためなのか。 どちらとも決めきれないまま、疑いだけが廊下に長く伸びた。 「早紀ちゃん」 香織が呼ぶと、彼女は不安そうに顔を上げた。 「今日は、これ以上は聞かない。でも、何かあったらちゃんと言って」 「……はい」 返事は小さい。それでも、早紀はその場をすぐに離れなかった。 彩花が息を吐く。 「余計、分からなくなったね」 「うん」 香織は倉庫のあるほうへ目を向けた。見えないはずの鍋の輪郭が、まだ頭の中に残っている気がした。誰かの手が触れた気配だけが、確かにそこにある。 けれど、その手が何を隠そうとしたのかは、まだ輪郭を持たないままだった。

3章 / 全10

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