跨線橋の上は、夜明け前の冷えがまだ骨に残るようだった。雪はところどころ黒く溶け、鉄の手すりに触れた海斗の指先だけが、やけに冴えている。 「来たか」 背後の声に振り向くと、陽太が息を整えながら立っていた。いつもの柔らかな目つきのまま、手には薄い封筒がある。 「駅長……これ」 「開けろ。お前に渡すために持ってきた」 海斗が受け取ると、紙は驚くほど軽かった。中に入っていたのは短い手紙だった。消えたはずの人々が、別の土地で静かに暮らし始めていること。町の外に新しい居場所が用意され、ここに残る者たちが、その出発を見送っていたこと。 「……そんな」 声が裏返る。海斗は改札鋏を握ったまま、手紙の文字を何度も追った。 「失踪じゃ、なかったんですか」 陽太は首を振る。 「失踪に見せるしかなかった。残る者が沈黙を守る代わりに、送る側になったんだ」 「だから鋏は」 「別れの切符を確かめるための道具だ。失くしものだけに鳴ったんじゃない。送り出すべきものに、最後の一音を返していた」 海斗ははっとして、あの倉庫の朝を思い返す。鋏が鳴った瞬間、慎が顔色を変えた理由も、案内所の地図がずれていた理由も、今ならわかる気がした。 「町の人たちは、真実を隠してたんじゃない」 「守っていた。名を消すことで、今を生きられるように」 海斗は跨線橋の向こうへ目をやった。雪の切れ目の先で、始発駅の屋根が薄青く浮かび上がっている。 「俺、戻ります」 「返しに行くのか」 「はい。鋏を、始発駅へ」 陽太はうなずき、封筒の残りを海斗の手に押し返した。 「それも持っていけ。知った者の証だ」 海斗は深く息を吐く。胸の奥で何かがほどけ、代わりに不思議な静けさが満ちていく。 「慎さんには、もう」 「伝えるさ。だが今は、お前が先だ」 改札鋏を胸にしまい、海斗は跨線橋を下った。ホームに立つと、トロッコ列車の始発を告げる気配が、まだ冷えた空気の底で息づいている。扉が開く。 「海斗」 振り返ると、陽太がひとつだけ目で合図した。 「行け。今日からは、お前が見る番だ」 海斗は小さく頷き、車内へ足をかけた。始発の列車が、山の朝へ静かに動き出す。
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北海道の廃線跡を走る観光トロッコ列車で、車掌見習いの青年が古い改札鋏を手に入れ、町の未解決失踪をたどる郷土ミステリー。
