エラベノベル堂

改札鋏に鳴る約束

全年齢

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9章 / 全10

書庫の扉を閉めた瞬間、町役場の中は外よりも静かだった。夜の気配が窓ガラスに薄く貼りつき、海斗は古い台帳の匂いに息を整える。慎が先に立ち、鍵束を軽く鳴らした。 「ここから先は、見るだけだ」 「見るだけで済むなら、もう十分です」 海斗はそう返したが、改札鋏を握る手は落ち着かなかった。机の上に置かれた最後の記録は、他の紙束よりも丁寧に綴じられている。開くだけで、誰かの意志に触れる気がした。 「開けろ」 慎の声に促され、海斗は慎重にページをめくる。紙が擦れる小さな音のあと、鋏がかちりと鳴った。 「……鳴った」 「誰にだ」 海斗は記録の一行を見つめる。そこには、失踪者の名ではない。送り出した側の名が、ほとんど読み取れない字で記されていた。 「これ、失踪した人じゃない」 「当然だ」 「じゃあ、誰なんですか」 慎は一瞬だけ目を伏せた。海斗はその仕草だけで、答えを待つ空気が変わったのを知る。 「町を守るために、真実を伏せた人だ」 「守る、って」 「出ていくしかない者を、ただ消したことにしないためだ」 海斗は息を呑む。記録には、移送先を示すような曖昧な符号と、守秘を示す印が重ねられていた。失踪として残せば、追われる。だが、何もなかったことにしなければ、町は壊れる。そんな綱渡りの上に、この静けさはあったのか。 「慎さん、じゃああなたも……」 「知っていた側だ」 短い返事は、逃げでも開き直りでもなかった。 「お前の配属も、偶然じゃない」 海斗は顔を上げる。 「え」 「真相にたどり着けるやつを選ぶための、計画だったんだとよ。鋏が反応した時点で、もう試されていた」 胸の奥がひやりとした。始発駅で受け取ったあの鋏は、ただの道具ではなかった。失くしものを探すふりをしながら、こちらを見ていたのだ。 「じゃあ、俺は最初から……」 「選ばれた。いや、選ばれたというより、引き寄せられたのかもしれん」 海斗は記録の最後の頁を見下ろした。そこには、誰かが何度も書き直した痕跡がある。隠すための文字と、守るための沈黙。そのどちらも、町を切り捨てるためではなく、抱え続けるためだったのだろう。 「そんなの、ずるいですよ」 思わずこぼれると、慎がかすかに笑った。 「だが、お前はここまで来た」 鋏がもう一度だけ、小さく鳴る。海斗はその音に、怒りとも驚きともつかない感情を押し込めた。書庫の窓の外で、夜風が枝を揺らしている。 「まだ、全部は終わってないんですね」 「終わっていない。だから今は、それだけ覚えておけ」 海斗は最後の記録をそっと閉じた。紙の重みが、町の沈黙そのものみたいに掌に残る。改札鋏は静かだったが、その静けさは、次に開かれるべき扉を知っているようだった。

9章 / 全10

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