エラベノベル堂

水都脈動譜

全年齢

小説ID: cmnepu0wq000601nws8diib3v

2章 / 全10

翌日の日差しは、工房の薄い窓ガラスを通ると少し白く見えた。悠斗は昨夜の音符帳を机に広げ、乾ききらない工具箱の脇で鉛筆を走らせる。 「ここだ。脈の上がり方が、毎回同じ間隔で戻ってる」 紙に写した線は、ただの記録では終わらなかった。五線の上に、あの揺らぎを置いていくと、管ごとの差が目に見える。高く跳ねる場所、短く沈む場所、その並びが、妙に揃っている。悠斗は首をかしげ、隅の棚から古い配管図を引きずり出した。 「これと重ねると……」 黄ばんだ図面を透かすように重ねる。すると、異なるはずの揺らぎが、いくつかの地点でぴたりと重なった。 「時間帯がある」 呟いた瞬間、胸の奥がざわつく。昼の巡回が終わる頃、管路のこの区画だけが強く鳴る。しかも一度きりじゃない。一定の時刻にだけ、同じ偏りが顔を出していた。 悠斗は線を引き直し、丸で囲み、また照らし合わせる。 「偶然じゃないな。誰かが、ある時間に合わせて水を動かしてる」 音をただの異常で片づけるには、整いすぎている。配管は生き物じゃない。けれど、設計された流れには癖がある。その癖を繰り返し叩き込めば、都市のどこかが必ず応える。 「都市のうなり……お前、何を数えてる」 独り言に返るのは、机の上の振動だけだった。だが悠斗の目は、もう昨夜の曖昧な不気味さだけを映していない。そこには規則がある。隠したい何かほど、音は正直だ。 彼は音符帳を閉じかけて、ふと思い直す。閉じたままでは、次の偏りを見逃すかもしれない。 「もっと細かく取る。ずれの先に、必ず意味がある」 工房の奥で水の落ちる音がした。悠斗は振り向かず、古い配管図の上に新しい記譜を重ね続ける。まだ輪郭しか見えないが、その輪郭の向こうで、何かが確かに動いていた。

2章 / 全10

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