エラベノベル堂

水都脈動譜

全年齢

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3章 / 全10

工房を出た悠斗が向かったのは、水門管理棟の奥まった資料室だった。昼の熱がまだ壁に残っているはずなのに、ここはひんやりしていて、紙と湿った木の匂いがする。棚には黄ばんだ記録簿がぎっしり並び、索引札だけが小さな旗みたいに揺れていた。 「こんなにあるのか……」 悠斗は指先で背表紙を追い、過去の水位記録がまとまった束を引き抜いた。机に広げると、数字の列は単なる記録のように見えて、よく見ると昨日まで聞いていたうなりの波形と妙に似た呼吸をしているのが分かった。 「水位の上下が、音の山と谷に重なる……?」 独り言をこぼしながら、彼は音符帳と記録簿を交互に見比べた。放水塔の稼働時刻、放流量、下層区の水位上昇。線を引き、印を付け、何度も照合する。すると、点々と散っていたはずの異常が一本の筋になった。 「一致してる。都市のうなりは、上層区の放水塔が動く時間にだけ強くなる」 胸の奥が冷たくなる。偶然にしては整いすぎている。記録をめくるたび、塔の稼働と下層区への負荷が同じ方向に傾いていく。 「雨季の増水のふりをしてるんじゃない。増水に見せかけてるだけだ」 言葉にした瞬間、背中に薄い汗がにじんだ。自然現象のふりをして、誰かが流れを選んでいる。しかも、その選び方は下層区にとって都合が悪い方へ寄っている。 悠斗は記録簿の端を押さえ、次のページへ視線を走らせた。そこにも、同じ時刻の繰り返しがある。あまりに何度も同じなら、ただの管理ではない。準備だ。もっと大きな流れを作るための、前触れだ。 「上層区が、増水を口実に下層区へ水を集める……?」 口にした推測は、まだ確証ではない。それでも、そう考えた途端に都市全体のうなりが別の意味を持ち始めた。悠斗は音符帳を開き、放水塔の時刻と水位の変化を並べて書き込む。線が増えるほど、隠れていた意図が浮かび上がってくる。 「これ、ただの故障じゃない」 誰に向けたわけでもない声は、資料室の静けさに吸われていった。悠斗は書き込みの最後に、小さく丸を付ける。まだ言葉にするには早い。けれど、目の前の記録はもう見過ごせないところまで来ていた。 彼は記録簿を閉じず、次の束へ手を伸ばした。

3章 / 全10

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