エラベノベル堂

検疫線上の飢作圧

全年齢

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1章 / 全10

夜明け前の冷えた潮風が、検疫港の白い庇の下を細くすり抜けていく。涼太は手袋越しに書類束をめくり、輸入申告の数字を目で追った。目はまだ半分眠っているのに、指先だけが妙に冴えている。こういう日は嫌な予感が当たる。 「涼太さん、これ、通していいやつですよね」 背後から声がして、振り返ると港の担当者が段ボール箱を軽く叩いた。表面には整ったラベル、添付書類にも合法の外来苗木と記されている。だが、涼太の視線はロット番号で止まった。入港予定表の数字と、一桁だけ違う。 「予定表と番号が一致してません」 「ああ、それはね。食料増産のための実証事業なんですよ。急いでいたもので、積み替えの都合が少し」 軽い調子の説明だった。けれど涼太は箱の封印に触れ、爪先に残る違和感を確かめた。正規の封緘なら一度きりの圧痕が残るはずだ。なのに、そこには貼り直したような筋が二重に走っている。しかも角の紙繊維が少し毛羽立っていた。いったん開けて、また閉じた跡だ。 「再包装、してますね」 担当者の笑みが、ほんの少しだけ固くなる。 「確認のためですよ。中身に問題はありません」 涼太はすぐに返事をしなかった。問題があるかどうかではない。問題があるように見せないための手つきが、そこに残っている。書類はきれいだ。説明も通る。なのに、現物だけが静かに浮いている。 箱の脇に置かれた別の荷札にも目を走らせる。似た形式、似た印字、だがどこか急いだような揃い方ではない。倉庫の奥でフォークリフトの音が響き、潮の匂いに混じって湿った土の気配がかすかに漂った。 「食料増産、ね」 涼太は小さく繰り返した。誰に向けた言葉でもない。担当者は 「ええ」 と答えたきり、もう箱から手を離している。 その沈黙が、かえって涼太の胸の奥をざらつかせた。まだ何も断定できない。ただ、合法の紙の上に、説明しきれない影が一枚重なっている。 涼太は箱の側面に残る再封の痕を見下ろし、次の書類を開いた。そこには同じく整った印字が並んでいる。だが今度は、数字より先に、何かを隠すための丁寧さが目についた。

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