エラベノベル堂

検疫線上の飢作圧

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2章 / 全10

保留印をつけた翌日から、結人は通常の検査の合間を縫って足で情報を拾い始めた。書類が完璧な案件ほど、紙の外側に答えがある。まず当たったのは港の荷役会社だった。搬入後の保管区画、こぼれた培地の処理、洗浄水の流れ先。そうした細部に、植物の本当の癖が現れる。 荷役主任の古賀は、最初こそ面倒そうな顔をしたが、結人が搬入記録の時刻と区画番号を示すと眉を寄せた。 「例の銀緑の苗か。あれ、荷は軽いのに、置いた後の床の乾きが妙に遅いんだよ。水をこぼしたわけでもないのに、薄く膜が張ったみたいになってな」 案内された保管ヤードの隅には、洗浄を終えたはずの排水溝があった。格子の縁に、灰色がかった細い芽が貼りつくように出ている。雑草にしては伸び方が揃いすぎていた。結人は写真を撮り、サンプル袋に数本を収めた。 次に訪ねたのは県の農業試験場だった。土壌微生物を専門にする研究員の篠崎は、持ち込まれた根片を顕微鏡で見ながら、歯切れ悪く言葉を選んだ。 「まだ断定はできません。ただ、この植物の根の周りだけ、菌の相が極端に片寄る傾向があります。土を肥やす菌まで排除しているなら、収量が出る畑ほど後で息切れするかもしれない」 机の上には、簡易試験のデータが並んでいた。植え付け直後は在来作物より伸びがいい。だが同じ土で二巡目を回すと、豆類の発芽率が落ち、葉菜には斑のような生育不良が出る。偶然と言い切るには、数字の並びが嫌に静かだった。 結人は沿岸部の実証農場にも向かった。風の強い午後、地元農家の佐伯が畑の畝をまたぎながら、低くこぼした。 「最初は助かったんだ。水が少なくても立つし、値もいい。けどな、収穫のあとが変だ。周りの麦まで背丈がおかしくなる。土が軽くなるというか、根が落ち着かない」 畑の端には、刈り取ったはずの株元から新しい芽が群れていた。しかも隣の排水路の石の間にも同じ銀緑がのぞいている。佐伯は長靴の先でそれを踏みつぶしたが、湿った音もなく葉は起き上がった。 港へ戻った結人は、過去三か月の検疫データを洗い直した。申請件数、抜き取り検査率、再検査理由、廃棄処理量。見れば見るほど、数字は整っていた。整いすぎていた。通常なら季節や荷姿でばらつくはずの項目が、ある週を境に妙に平らになっている。しかも問題の植物だけ、再検査の備考欄が定型文に置き換わっていた。 端末の履歴を追うと、入力時刻の並びに不自然な空白があった。真夜中でも早朝でもない、監督者の目が薄くなる時間帯に、複数の記録がまとめて更新されている。修正権限を持つ部署は限られていた。 真鍋が缶コーヒーを机に置き、画面をのぞき込む。 「単なる整理じゃないのか」 「整理にしては、消えている項目が同じです。発根異常、周辺雑草の枯死、排水口での再生確認。現場メモだけ薄く削られてる」 結人は自分の声が少し硬くなるのを感じた。違法の線はまだ見えない。企業は手続きを踏み、行政も制度どおりに動いている。だが、その制度に流し込まれる前の観察が、誰かの手で丸められている。 窓の外では、夕方の岸壁に新しいコンテナが並び始めていた。銀緑の苗を積んだ台車が、何事もない顔で検査棟の影を横切る。結人はサンプル袋の中の細い芽を見た。これは見落としではないのかもしれない。誰かが危険を小さく見せるために、港そのものの目を曇らせている。そう思った瞬間、背筋を冷たいものがゆっくり這い上がった。

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