昼を少し過ぎたころ、涼太は倉庫通路の片側に積まれた台帳を机代わりにして、紙の束と現物の札を行ったり来たりさせていた。潮の匂いは薄いが、通路の奥に行くほど土の湿り気が濃くなる。七海が横から覗き込み、鉛筆の先で項目を示した。 「こっちのロット、申請者が違う。けど住所が同じだね」 「名義だけ変えてる?」 「たぶん、それだけじゃない」 涼太は別のページをめくった。輸入業者の名前が、表記を少しずつ変えながら複数の案件に散っている。法人名の一文字違い、担当者の肩書きだけ変えた欄、連絡先が同じままの別案件。偶然にしては揃いすぎていた。 「これ、一本の会社が何重にも見えるようにしてる」 七海の声が低くなる。涼太はうなずき、現物サンプルの箱を開けた。中には地域で耳にする作物名とは結びつかない苗が、やけに静かに並んでいる。葉の形も茎の色も、港でよく扱う苗木とは違う。見慣れたはずの検疫ラベルが、かえって場違いに見えた。 「説明できる人、いる?」 通りかかった職員に七海が声をかける。だが相手は台車を押しながら曖昧に笑っただけで、書類の所在を指さして逃げるように去った。 「栽培用の試験苗だって話しか聞いてません」 もう一人、奥から出てきた職員も同じだった。誰も中身を知らない。誰も責任を持たない。けれど箱だけは、通るべき順番で通ってきている。 涼太は台帳の余白を指でなぞった。そこにあるのは欠落ではなく、欠落を欠落と見せないための整え方だった。 「単に穴があるんじゃない」 七海が、苗の列を見つめたまま言う。 「最初から、ここを抜けるように組んである」 涼太は息を止めた。倉庫の奥で、見慣れない苗が薄い葉を揺らす。誰かの手で選ばれ、書類の表面を何層もすり抜けてきたものだけが、ここに静かに並んでいる。 「手続きの隙間じゃなくて、仕組みか」 「うん。偶然の流通じゃない」 七海の答えは短かった。だが、その短さがかえって重い。涼太はもう一度台帳へ視線を落とし、同じ業者名が別名義で並ぶ箇所を見つめた。書類のきれいさが、初めて怖く感じられる。 倉庫通路の天井灯が、ひとつだけ微かに瞬いた。涼太はその光の下で、静かに確信へ近づいていく。外来種は迷い込んだのではない。迷い込んだように見せるために、最初から整えられていた。
検疫線上の飢作圧
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