閉店後の相談室に残るのは、紙の擦れる音と、遠くで止まりきらない空調の低い唸りだけだった。朝陽は台帳を机の中央に置き、隣に匿名メモの束を並べる。未菜が端末を伏せたまま、静かにうなずいた。 「準備はいい?」 「はい。……ここで、全部出します」 朝陽は呼吸を整え、記録の順番を一つずつ口にした。返本の流れ、抜き取られたタイトル、火災の地名、通路の紙片、そして台帳。言葉にするたび、ばらばらだった点が一本の線になっていく。 「連続放火は、真相を隠すためじゃなかった。失われた火災記録を、世に出すための歪んだ抗議だったんです」 未菜は目を閉じ、短く息を吐いた。 「尾形さんのやり方は間違っていた。でも、怒りの理由まで消すことはできないわね」 その言葉に、朝陽は少しだけ肩の力を抜いた。 「はい。だから、隠れていたものを、ちゃんと見える形にしたいです」 台帳を開く。そこには、再開発で消えた古書店街の名と、火災の責任を押しつけられた人々の証言が、静かに積み重なっていた。読まれないまま眠っていた文字が、今夜ようやく呼吸を始める。 扉の外で足音が止まり、数人分の気配が近づいた。未菜が朝陽を見て、短く告げる。 「来たわ」 朝陽は台帳を両手で押さえたまま、逃げなかった。 それからしばらくして、尾形が連れて行かれるのを、相談室の入口から見送ることになった。彼は何かを言おうとして、結局、唇を閉じた。ただ一度だけ朝陽を見て、深く頭を下げる。 朝陽はその背中を見送りながら、胸の奥のざらつきを飲み込んだ。終わった、とはまだ言えない。それでも、隠されたまま焼かれるはずだった記録は、もう誰にも消せない。 その後、朝陽の証言をきっかけに、旧書店街の被害者たちへの再調査が始まった。書店は事件の象徴ではなく、失われた記憶を継ぐ場所になっていく。重たい空気の中にも、少しずつ、新しい意味が差し込んでいた。 朝陽は相談室の扉へ歩み寄り、古びた札を外して、新しい札を掛ける。返品された本が、誰かの過去を救うかもしれない。そんな静かな確信を、今夜はもう疑わなかった。 紙の束の向こうで、まだ読まれていない声がある。そのことだけを胸に留めて、朝陽は扉の前でそっと息を吐いた。
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24時間営業の大型書店で、閉店後にだけ開く返品本の相談室を任された新人店員が、本に挟まれた匿名メモから連続放火事件の真相へ迫る現代ミステリー。
