閉店前の相談室は、まだ売場のざわめきを少しだけ引きずっていた。伝票の端が紙の重みで揺れ、机の上には台帳と匿名メモが広げられている。朝陽はそれらを指先で押さえ、息を整えた。 「……やっぱり、隠そうとしてます」 未菜が端末の画面を伏せる。 「上層部が火災記録の存在を知ってる。しかも、外に出したくないみたい」 朝陽は目を見開いた。 「知ってて、止めてたんですか」 「ええ。記録の所在を曖昧にするような指示が回ってた。相談室の扱いも、妙に慎重すぎると思ってたけど、そういうことね」 朝陽は台帳の厚い背表紙を見下ろした。紙の束なのに、そこに触れるだけで空気がざらつく。 「じゃあ、尾形さんだけじゃない」 「そう。外から来た人間だけの問題じゃない」 未菜の声は低かった。朝陽は返本の山へ視線を移す。匿名メモの折り方、紙質、筆跡の揺れ。ひとつずつ並べれば、流れは見えるはずだ。 「時系列で、全部つなぎます」 朝陽はメモを一枚ずつ並べ替えた。最初の一枚、火災の地名、通路に貼られた紙片と同じ文言、抜き取られやすい本の記録、そして今ここにある台帳。朝陽の指が紙の上を滑るたび、点だった情報が線になる。 「このメモは、相談室に届いた順じゃない。返本の流れに合わせて動いてる」 「誰が、いつ、どの本を経由したか、ね」 未菜が小さくうなずく。 朝陽はページをめくり、貸出記録と照合した。特定の利用客名、返却時刻、棚の空き方。そこに、ひとつだけ不自然な空白があった。 「ここです。記録を触ったの、内部の人だ」 「内部?」 「本を戻したふりで、情報だけ先に抜いてる。尾形さんは合図を置いてただけで、隠すための流れは別にある」 未菜の目が細くなる。 「管理者……」 朝陽はうなずいた。 「上の人が、火災記録の存在を知りながら、見えない場所に押し込んだ。だから尾形さんは、本を使って外へ引っ張り出そうとしたんです」 相談室が静まり返る。蛍光灯の音だけが、やけに白く耳に残った。 「朝陽くん」 「はい」 「これ、簡単に済まないわね」 「でも、もう曖昧にはしません」 朝陽はメモの山を揃え、台帳の上に重ねた。最後の一枚を置いた瞬間、紙がわずかに震える。 「尾形さんを見てるだけじゃ、たどり着けなかった。書店の中で、真相を止めてた人がいる」 未菜はその言葉に、短く息を吐いた。 「なら、警察へ渡す前に、並べ直しましょう。誰が何を隠したのか、見える形にして」 朝陽はうなずいた。返品本の相談室は、ただ紙を集める場所じゃない。誰かが埋めた順番を、逆からほどく場所だ。 そのとき、机の端で一枚のメモがすべり、朝陽の手元に落ちた。見覚えのある折り方だった。朝陽はそれを拾い上げ、ゆっくりと開く。そこにあった文字は、これまでのどれよりも短く、冷たかった。 『次は、誰が鍵を持つ』 朝陽と未菜は、同時に顔を上げた。
深夜書店 返品本相談室
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