県庁前には、白い旗のように張られた案内幕と、冷たい朝の空気が広がっていた。美緒は胸の奥で、昨日までの重さをもう一度確かめる。手の中の資料は、村瀬の証言、大輔の補足、復元したデータ、そして古い図面。どれも薄い紙なのに、握れば握るほど指に沈むようだった。 「大丈夫か」 村瀬が低く尋ねる。 「ええ。ここまで来たら、もう逃げない」 隣で大輔が小さく息を吐いた。 「僕、まだ信じられません。あの記録が、本当に全部つながるなんて」 「つながるように残されてたのよ」 美緒はそう返し、前へ出た。 会場の前には、県の担当者たちと関係者、そして地元の報道陣が並んでいる。ざわめきが一瞬、彼女の肩にまとわりついたが、すぐに静かに切り替わった。美緒は資料を広げ、ひとつずつ示していく。 「毎年同じ日の水位変動は、異常ではありませんでした。削除されたログ、改修図面、旧監視坑の記録、そして村瀬さんの証言。半世紀前の事故は、処理済みではなく、隠されていました」 ざわめきが広がる。村瀬が前に出て、短く頷いた。 「無理な改修をした。止めるべき時に止められなかった。責任を曖昧にしたまま、記録だけを消したんだ」 大輔も震える声で続けた。 「現場でも、ずっとおかしいと思ってました。触れてはいけない日があるなんて、変だって」 県の担当者が顔色を変える。美緒は最後の図面を指し示した。 「だから、ダムの安全再点検を正式に開始してください。隠し続けること自体が、危険です」 しばしの沈黙のあと、別の担当者が硬い声で答えた。 「……再点検の手続きを始めます」 その一言で、会場の空気がわずかに動いた。勝った、という歓声ではない。ただ、長く閉ざされていた扉が、初めて少しだけ軋んだ音だった。 説明はそこで終わらない。美緒は深く息を吸い、静かに言った。 「それから、毎年の不可解な水位変動は、事故で失われた作業員たちを忘れないための合図でした。地下の流路が、静かに鳴らしていたんです」 誰かが息を呑む気配がした。村瀬は目を閉じ、大輔は唇を噛んだ。雪の気配を含んだ風が、会場の端をすり抜けていく。 美緒は資料を胸に抱えたまま、遠くを見る。合図はもう、隠すためではない。忘れないために、ここへ届いたのだ。
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雪国のダム管理所で働く女性オペレーターが、毎年同日に起きる不可解な水位変動を追跡し、半世紀前の隠蔽事故を告発する土木サスペンス。
