夕刻の管理所は、昼間よりもかえって騒がしかった。雪に包まれた外界の静けさと反対に、応接室では資料の複写音と無線の交信が絶えず、机の上には半世紀分の沈黙が紙の束になって積み上がっている。澪は旧設備の補修打刻を時系列に並べ直し、そこへ保存室の原本台帳から拾った番号を重ねた。すると、事故翌年から十年おきに行われたはずの補修の間に、空白ではない空白が見えてきた。報告書のない年にも、資材搬入の記録だけが残っている。閉鎖区画は存在しないことになっているのに、存在しない場所へ、毎冬同じ頃に人と物が入っていた。 沼田が持ち込んだ古い出納簿には、その資材の名があった。止水材、圧力弁、仮設ケーブル。しかも支出先は通常保全費ではなく、災害復旧名目のまま処理されている。事故は終わったことにされながら、予算の影だけは毎年生きていたのだ。 これ、隠したというより飼ってたんですね 澪がつぶやくと、記者が顔を上げた。調査班長も否定しなかった。組織は傷口を塞げなかったのではない。開ききらないように、ただ見えないところで世話をし続けてきた。公表しないまま、責任だけを次の冬へ先送りして。 そのとき、対策本部の臨時回線が鋭く鳴った。閉鎖区画の再調査班からだった。旧排水門手前の点検床下で、金属箱が見つかったという。腐食した留め具を外して開けると、中には防水布に包まれた帳面が一冊。事故当時の現場控えで、正式記録へ転記する前の手書き原本らしい。 写真が送られてきた瞬間、室内の空気が凍った。最後の頁に残っていたのは、設備異常の記述だけではなかった。退避命令の遅れ、上席の指示待ち、下流作業班の再確認要請を保留した判断、そしてその末尾に、署名とともに一文がある。責任は現場判断として処理すること。上申不要。 顧問の男が立ち上がりかけ、椅子に手をついたまま動けなくなった。所長は紙の写真を見つめ、ようやく低く言った。 事故は隠されたんじゃない。上に届かないように切られたんだ その言葉で、澪の中で最後まで曖昧だったものが定まった。半世紀前の被害を拡大させたのは、単なる判断ミスとその後の改ざんだけではない。上へ届くはずの声そのものが途中で止められ、現場だけに罪を押し込める形で封じられていた。だから管理所は長く沈黙を守り、本庁もまた本当には何も知らないまま、誤差として受け取り続けたのだ。 窓の外では、暮れきらない雪空の下で湖面が鈍く光っていた。毎年の異常は、責任を問うためだけの合図ではなかったのかもしれない。上にも下にも届かなかった報告が、水そのものを使って今まで送り続けていた信号だった。 澪は深く息を吸い、見つかった帳面の写真を資料の先頭に置いた。もう後戻りはない。だが同時に、思っていたより多くの人間が、真実の外側ではなく、その届かなさの中に閉じ込められていたのだと知ってしまった。転ぶように隠された過去は、ようやく今、誰のものでもない事実として机の上に現れた。
雪圧ダム 潜歴調査
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