工事用フェンスの前は、昼の熱を吸った金属がじっとりと息をしていた。張り巡らされた網の向こうで、古い倉庫の屋根だけが低く沈んでいる。悠生はその前に立つ男を見て、思わず父の袖を引いた。 「父さん、あの人」 「分かってる」 地権者の男は、腕を組んだまま眉間に深い皺を寄せていた。現場の空気を切るような声で言う。 「ここから先は関係者以外入れない。調査はもう終わりにしてもらう」 「終われません」 悠生は一歩も引かずに古地図を広げた。風にめくられそうになる紙を両手で押さえ、五つの地点をつないだ線を示す。 「隠したいのは金じゃないでしょう。市場の過去だ」 男の目がわずかに揺れた。 「何を根拠に」 「印が、全部つながってるんです。店名じゃなくて、人の順番。ここまで来るように、最初から仕組まれてた」 悠生は言葉を止めない。怖いのに、胸の奥が熱い。 「都合の悪い記録があるから、倉庫に近づかせたくないんだ。違いますか」 「子どもが知ったふうな口を」 男が声を荒げかけた、その時だった。 「口じゃない、線だ」 岳が低く言い、測量機器を肩から下ろした。覗き込んだ先で、フェンス越しの地盤を静かに読む。 「この倉庫、床下に空洞がある。しかも、ただの空きじゃない。周囲の高低差が不自然だ」 男の顔から、色が少し引いた。 「空洞だと? そんなもの、あるわけが」 「あります」 岳は淡々と続ける。 「新しい舗装の下で線を消しても、地面の癖は消えない。荷重の抜け方が違う。ここは、下に通り道か収納部がある」 悠生はフェンスの隙間から倉庫を見つめた。朽ちた壁の向こうに、まだ何かが眠っている気がする。金ではなく、長く押し込められていた記憶が。 男はしばらく黙っていたが、やがて目を逸らした。 「……勝手に騒がれると困るんだ」 その一言で、悠生は確信した。困るのは立て直しではない。知られてしまうことだ。 「だったら、なおさら確かめます」 そう言い切った瞬間、岳が古地図を折りたたんだ。二人の視線は同じ倉庫に向いている。次に行くべき場所は、もう見えていた。
市場基準点異聞
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