翌朝の荷下ろし場は、まだ朝の湿り気を残した木箱と、ざらついた土の匂いで満ちていた。市場が動き出す前のこの場所だけは、昨夜までの静けさが少しだけ残っている。 「見てくれ、父さん」 悠生はベンチ代わりの木箱の上に古地図を広げ、昨夜までに集めた聞き込みの断片を小さな付箋のように書き込んでいった。 「乾物店、井戸、あの敷石……それから、豆腐屋の角。聞いた話を重ねると、五つの店を経由してる」 「五つ、か」 岳はしゃがみ込み、紙の上を指でなぞった。 「単なる寄り道じゃないな。順にたどるように仕組まれている」 「やっぱりそうだよね」 悠生は声を潜めた。 「店の人たちの話も、全部つながってた。誰かが次の人に渡すみたいに、少しずつ」 岳は巻尺を取り出し、今ある敷地境界を一つずつ測り始めた。木箱の影、店先の石積み、通路の幅。数値を拾っていくたび、眉間のしわが深くなる。 「戦後の区画整理で、線が消されている。けど、消えたんじゃない。店と店の間に残された癖が、地下への案内になっているんだ」 「地下保管庫ってこと?」 「たぶん、な」 岳は地図の一点に親指を置いた。 「五つの地点を通って、最後に収束する場所がある。そこが入口のはずだ」 悠生は息をのんだ。線の切れ目が、ただの歪みじゃなく、意図された道筋に見えてくる。 「じゃあ最後は……」 「工事用フェンスの奥だ」 岳は短く言った。 「古い倉庫がある。そこを確かめる」 悠生は地図を見つめたまま、無意識に指先を握った。倉庫。閉ざされた場所。そこにたどり着けば、今までの断片がひとつに結ばれる気がした。 「行こう、父さん」 「ああ。だが急ぐな。まずは境界をもう一度合わせる」 岳の声は落ち着いていたが、その目はもう次の地点を見ている。悠生も頷き、付箋のように並んだ記憶をひとつずつ押さえた。 市場の朝は、いつもと同じように始まっている。けれど二人だけは、その通路の先にある見えない倉庫へ、すでに半歩踏み込んでいた。
市場基準点異聞
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