エラベノベル堂

無音域を越える灯

全年齢

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6章 / 全10

中央ロック解除、待機中。その文字は点いているのに、肝心の実行欄だけが灰色のままだった。私は表示を拡大し、条件一覧を追った。発進経路の安全確認が未完了になっている。通常なら館内の各センサーが音と振動で応答を返し、航路と隔壁の状態を自動照合する仕組みだ。けれど今の基地では、その問いかけ自体が深い雪に吸われてしまう。出口は目の前にあるのに、沈黙が最後の鍵穴を塞いでいた。 ハンセンが手順書をめくり、非常時の代替確認項目を指で叩いた。自動照合を切るには、中央区画の保守盤三か所で物理確認を入れる必要がある。しかも一か所は、探査実験に使われていた熱交換ラインの主制御脇だった。細菌の集中繁殖域のほぼ中心。私は思わず息を止めたが、次の瞬間には首を振っていた。ここで躊躇すれば、じわじわ塞がれるだけだ。 私たちは役割を分けた。ミラとレオンが近い二か所の保守盤へ走る。私はハンセンと最奥へ向かい、ユナは格納区画で冷媒制御と試薬の準備を続ける。合図は懐中灯の遮光で行う。長く一回で完了、短く二回で異常。手順書の余白に矢印を書き込み、私は端末を胸に抱えた。 中央区画へ戻る通路は、さっきよりさらに静かだった。静かというより、空間そのものが耳を持たない。照明のちらつきだけが時間を刻み、壁面の透明な膜は脈打つ川の薄氷みたいに光を返した。端末の吸収値は上限近くに張りついている。探査実験の副産物として生まれた温度の揺らぎが、この区画を孵化器に変えていたのだと、数字が冷たく示していた。 最奥の保守盤は、熱交換ライン主制御の脇に半ば埋もれていた。透明な膜が幾重にも重なり、向こうの表示灯を霞ませている。私はユナへ光信号を送り、冷媒の断続運転を要求した。数秒後、配管の表面に白い曇りが走る。膜が縮む、そのわずかな呼吸の隙へ、ハンセンが携行していた試薬を吹きつけた。膜は花弁のように反り返り、下から保守盤の取っ手が現れる。 私は蓋を開け、手順書どおりに物理確認ピンを押し込んだ。応答灯は一瞬だけ消え、また灯る。生きている。ほぼ同時に、通路の向こうで長い光が一閃した。ミラたちも終えたのだ。私は端末を見た。灰色だった実行欄が、淡い白へ変わる。 その瞬間、床下の熱交換ラインが大きく負荷を変えた。中央の核がこちらの操作に逆らうように、透明な膜が一斉に持ち上がる。壁も床も、見えない潮が押し寄せるみたいに揺らめいた。私はハンセンの腕を引き、走った。無音の追跡ほど恐ろしいものはない。背後で何かが崩れ、何かが広がっているのに、世界は頑固なほど黙ったままだった。 格納区画へ滑り込むと、ユナが制御卓を押さえたままこちらを見た。私は端末を接続し、白くなった実行欄を叩く。主表示が明滅し、発進準備最終段階の文字列が流れた。ポッドの外殻に沿って起動灯が一本ずつ点いていく。まだ発進はしていない。けれど、沈黙の底に沈められていた道が、ようやく形を持って浮かび上がってきた。

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