「……で、どうするんですか」 悠人が恐る恐る聞くと、広場の空気は、さっきまでの青空みたいに薄くなったまま戻らなかった。区役所の職員は分厚いファイルを閉じ、夜灯会と黒鍵団の残党を順に見回す。 「活動停止を免れたいなら、やり方を変えるしかありません」 「やり方、ですか」 夜灯会の幹部が眉をひそめる。隣では黒鍵団の幹部も、同じ顔をしていた。 「そちらもこちらも、結局は似たようなことをしていました。張り込みに見せかけた見張り、噂に見せかけた大げさな宣伝、備品の取り合いまで」 「……そんな言い方をされると、困る」 「困るのは今までのやり方です」 職員は淡々と言い切った。 「町の安全を守る会として、改めて手続きをしてください。防犯の啓発活動なら、話は別です」 「ぼ、防犯……?」 誰かが間の抜けた声を上げる。悠人は思わず黒鍵団の方を見た。相手も同じように、こちらを見返している。敵意より先に、気まずさが勝っていた。 「要するに、戦うんじゃなくて見守れってことか」 黒鍵団の若手がぼそりと言う。 「そういうことです」 夜灯会の幹部は唇を曲げたが、反論は出てこない。帳簿に残った赤字も、役所に積み上がった記録も、何ひとつ消えていないのだ。 「……町の安全を守る会、か」 幹部が吐き捨てるように言ったのに、妙に語感だけはまっすぐだった。 「悪くないじゃないですか」 黒鍵団の男が、意外そうに返す。 「少なくとも、暗号集団よりは誠実だ」 「そっちだって、秘密結社よりは健全です」 言い合いはしたものの、どちらも本気ではない。悠人はそのやり取りを聞きながら、胸の奥に残っていた張り詰めたものが、少しずつ抜けていくのを感じた。 「相沢」 幹部に呼ばれて顔を上げると、薄い冊子を押しつけられた。 「これを配れ。防犯チラシだ」 表紙には、夜回りの注意と、見慣れない笑顔のイラストが並んでいた。黒鍵団側にも同じ束が渡されている。悠人はそれを受け取って、何とも言えない顔になる。 「本当に、これで再出発なんですか」 「他にないでしょう」 職員が即答した。 幹部は少しだけ黙り、それから観念したように息を吐いた。 「……やるしかないか」 黒鍵団の幹部も、遅れてうなずく。 「町の安全、だな」 「ええ。町の安全です」 悠人は防犯チラシの束を見下ろした。昨日までの派手な作戦名が、紙の匂いの前でどんどん小さくなる。夜灯会も黒鍵団も、最初からただの意地の張り合いだったのだと、ようやく腑に落ちた。 「……最初から、これでよかったんじゃ」 口の中だけで呟く。 誰にも届かないはずだったその声を、隣で黒鍵団の若手がなぜか拾った。 「今さら気づいたのか」 「うるさいです」 返しながらも、悠人は肩を落とした。広場の端では、職員が新しい書類を並べ始めている。町の安全を守る会、という聞き慣れない名札の下で、残党たちはそれぞれチラシの束を抱え、ばつの悪い顔のまま立ち尽くしていた。
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秘密結社どうしが対立して共倒れするコメディ。
