エラベノベル堂

動物園の観察会

全年齢

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2章 / 全10

午後になると、観察はますます熱を帯びた。ライオンの雄は、木陰で突然立ち止まり、同じ場所を何度も見返す人間を見てうなった。あれは危険を警戒している顔だ、と彼は言った。たぶん見えない敵がいるのだろう。フラミンゴの一羽は首を傾げた。いや、あれは味を確かめている顔に近い。人間は目の前にないものまで想像して、先に表情で覚悟を決めるのだ。カメは静かに聞いてから、どちらも違う気がすると結論した。人間はたぶん、意味がなくても意味を探す生き物なのだ。 その推理は、園内のあちこちで小さな伝言になった。水辺では、フラミンゴたちが来園者の歩き方をまねしては笑い、ライオン舎では雄が胸を張ってみせるたびに、子どもが真似をして大はしゃぎした。カメは、メモを取る学生のそばでじっとしていたが、学生がふいに顔を上げてこちらを見たとき、思わず一度だけ首を引っ込めた。学生はそれを見て、何か重要な発見をしたように慌てて書き込んだ。たちまち噂は広がり、あのカメは人間の緊張を測っているらしい、などと大げさに語られる始末だった。 そこへ、飼育員たちが餌箱を抱えて現れた。今日は混雑しているから、通路を整えておこう、そんな会話をしながら、彼らは動物たちの妙な興奮に気づかない。ライオンは飼育員の表情を見て、あれは群れの長が出す落ち着けという合図だと受け取った。フラミンゴは、手際よく給餌する様子を、仲間のために踊る儀式と解釈した。カメにいたっては、餌の時間を知らせる鈴の音を、外の世界と内の世界をつなぐ合図だと思った。 そのころ、園内放送が夕方のイベントを告げた。広場で、動物たちの一日を紹介する簡単な催しがあるという。人間たちは集まり、スマートフォンを構え、笑いながら席についた。動物たちは、それを見てとうとう確信した。やはり人間は、互いの行動を見せ合い、記録し、楽しみ合う生き物なのだ、と。 だが、広場の壇上に立った飼育員が話し始めた瞬間、空気は少しだけ変わった。今日のライオンはいつもより落ち着いていて、フラミンゴたちは来園者のまねが上手で、カメは誰より長く人間を見ていた。そう紹介されるたび、客席からやわらかな笑いが起こる。動物たちは耳をそばだてた。自分たちの仕草が、見世物ではなく愛着をこめて語られている。 そのとき、メモを取っていた学生が小さく手を挙げた。私は動物の研究をしていたつもりでした。でも、今日は人のやさしさを見ていた気がします。そう言った途端、周囲の人々が静かにうなずいた。ライオンは目を細め、フラミンゴは翼を震わせ、カメはゆっくりと甲羅を傾けた。 人間を見ていたはずが、人間もこちらを見ていた。しかも、怖がるでもなく、ただ面白がるでもなく、同じ場所で息を合わせるように。動物園は、知らないものを遠ざける場所ではないのかもしれない。違う生き物が、違うまま目を合わせ、少しだけわかり合う場所なのだろう。夕焼けの色が柵の金具に落ち、ライオンは静かにあくびをした。今日はまだ、見ているだけで十分だった。

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