エラベノベル堂

動物園の観察会

全年齢

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3章 / 全10

夜が近づくころ、園内の空気は昼の熱を少しだけ残しながら、やわらかく沈んでいった。人間たちは帰り支度を始め、足音はだんだんまばらになる。けれど動物たちの観察は終わらなかった。むしろ、夕方のほうが面白い、とライオンは言った。昼には見えなかった表情が、帰り際になるとふっとほどけるからだ。 家族連れの父親は、眠そうな子どもを肩に抱き上げていた。母親は紙袋の口を結び直し、子どもの手には半分だけ残った菓子が握られている。ライオンはそれを見て、あれは巣へ戻る途中の合図だと考えた。フラミンゴは、母親が父親の腕を軽く叩いたのを見逃さない。あれはきっと、よくやったという羽ばたきの代わりだ。カメは、子どもが振り返って何度も檻のほうを見たのに気づいた。人間の子どもは、去るふりをしてもう一度世界を確かめる。そこが少し、自分たちに似ていた。 そのころ、飼育員たちは閉園作業に追われていた。見回りをし、扉を閉め、餌の残りや水入れを確認する。ひとりの飼育員が、今日の来園者はずいぶん静かに見ていたなと笑った。別の飼育員は、動物たちがいつもより落ち着いていたのは、気温がちょうどよかったからだろうと言う。もちろん、彼らは知らない。自分たちが去ったあとも、柵の内側では会議が続いていたことなど。 ライオンは、最後にひとつだけ重要な発見をしたと胸を張った。人間は互いを見ているだけではない。見られていることにも気づいて、むしろ安心しているのだ、と。フラミンゴたちは、それなら自分たちももっと胸を張るべきだと、並んで首を高くした。カメは少し考えてから、見られることと見返すことのあいだに、たぶんやさしさがあるのだと言った。 その結論は、珍しく誰も否定しなかった。ライオンは満足げにまぶたを落とし、フラミンゴは水面に映る空を見つめ、カメはゆっくりと石の上で体を休めた。遠くでは、閉園のアナウンスが流れている。けれど、広場のベンチに残っていた学生たちは、まだ帰らずに柵の向こうを見ていた。メモ帳には動物の名前と一緒に、短い言葉が並んでいる。見つめる。まねる。笑う。わかろうとする。 学生たちは最後に、動物園の入口へ続く灯りを見上げた。そこには、今日の思い出を胸に帰っていく人間と、眠りにつく動物たちの気配が重なっていた。観察していたつもりが、観察されていた。そう気づいたとき、誰もが少しだけうれしくなる。知らない存在は、遠いものではない。じっと見れば、案外そばにいる。 柵の内側で、ライオンがもう一度大きくあくびをした。その口元を見て、ベンチの子どもが笑う。フラミンゴが片足で静かに立つと、母親が思わず写真を撮る。カメが首を伸ばすと、学生が小さく手を振った。動物園は今日も、違うもの同士が互いを見つけ、同じ夕焼けを分け合う場所として、静かに扉を閉じていった。

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